今から30年前、フリー・ソウル前夜、ヤング・ソウル感を街で実感する時期、彼らの登場は衝撃だった。20代の13人という大編成でソウル・ベースに、ファンク、ラテン、ロック、ジャズが混ざり合ったインストゥルメンタル・サウンドを、ライヴハウスもだが、クラブで奏でる。彼らが演奏している〈インクスティック渋谷〉に、来日公演中のイギリスのアシッド・ジャズ・バンド、ブラン・ニュー・ヘヴィースがアフター・ショーで来店し、即席セッションが生まれ、そこでしか生まれない奇跡を目にしたことは記憶に鮮明に残っている。奇跡は続き、彼らの誘いでロンドンの〈アシッド・ジャズ・スタジオ〉でレコーディング。1993年に小山田圭吾(コーネリアス)主宰の〈トラットリア〉レーベルより『TOKYO SESSON』でデビュー。1994年に開催されたコーネリアスの全国ライヴ・ツアー『The First Question Award Tour』で、ピックアップ・メンバーが参加。その演奏は、WACK WACK RHYTHM BAND feat. コーネリアスと言うべき、全編ヤング・ソウル感に満ちた、未だに忘れられない名演となった。その後、ベストを含めて5枚のアルバムをリリース。2020年にリリースした『THE ‘NOW’ SOUNDS』以来、3年ぶりとなる新作アルバムは、バンド結成30周年にして、意外にも初のカヴァー・アルバムの『at the Friday Club』。和田卓造(ドラムス)、大橋伸行(ベース、ギター、コーラス)山下 洋(ギター、ヴォーカル)、伊藤 寛(キーボード)、福田‘おきょん’恭子(パーカッション、スティール・パン、コーラス、ヴォーカル)、國見智子(トランペット、ヴォーカル)小池久美子(アルト・サックス)、三橋俊哉(テナー・サックス)、仲本興一郎(テナー・サックス)伊藤さおり(トロンボーン)からなるのがWACK WACK RHYTHM BANDだ。
傑作中の傑作で毎日ヘヴィロテとなっている『at the Friday Club』。オープニングは、言わずと知れたマーヴィン・ゲイのクラシック「What’s Going On」だが、幾多のカヴァーを耳にしてきたが、どうだろう! この初々しさは。高井康生(Ahh! Folly Jet)のヴォーカルにより、歌詞のメッセージが、原曲の厭世観とは違い、いたくポジティヴに入ってくるのだ。続いて、アルバム・タイトルにもなったザ・フライデー・クラブの「Window Shopping」。イギリスは〈2-TONE〉レーベルからリリースされた男女7人組のブルー・アイド・ソウル・バンドの1985年のナンバー。WACK WACK RHYTHM BANDがカヴァー&伝承していくのにこれ以上ない相応しいナンバー。山下 洋とTakako(The Drops)の掛け合いがキャッチー。次はベイエリア・ファンク・バンド、コールドブラッドが、1972年、ダニー・ハザウェイ・プロデュースでリリースされた3rdアルバム『ファースト・テイスト・オブ・シン』収録のハザウェイ作曲の「Valdez in the Country」。アーシーなグルーヴにブラスのソロ演奏がフィーチュア。一転して、シュープリームスが1973年にシングルのみでリリースされたスティーヴィー・ワンダー提供のフリー・ソウル定番の「Bad Weather」。そして、デトロイトからスカウトされた3人組のエッセンス・オブ・カプリコーン。1975年、細野晴臣・作曲の和田アキ子のソウル・マナーに則ったシングル「見えない世界」のバック・コーラスをつとめ、同年、片桐和子・作詞、田山雅充・作曲、クイットマン・デニス・編曲の日本で制作されたシングル「危険がいっぱい」を、Lemon(ex. WWRB)の粘りあるヴォーカルで、新しい解釈に成功している。
「Can’t Take My Eyes Off You」を大ヒットさせた、フランキー・ヴァリが同テイストのスウィート・ラテン・ソウル 「I make a fool of myself」を1967年にリリース。レイ・テラスの名盤『HOME OF BOOGALOO』に収録されたカヴァーがフリー・ソウルで有名となったが、今回、Boo(K.O.D.P.)のヴォーカルが初夏感を想起させウキウキしてしまう。DJが繋げたように間髪入れずに続くのはジョージィ・フェイムが1971年にリリースした10枚目のアルバム『Going Home』収録の「Happiness」。1965年、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズに提供した「Goin’ Out Of My Head」、ロイヤレッツに提供の「It’s Gonna Take A Miracle」と名曲を送り出したソングライター、テディ・ランダッツォと、パートナー・ソングライターのヴィクトリア・パイクによるアッパーかつポジティヴ、楽観性に溢れたこの曲を、30年のキャリアのバンドがおこなうことに意味があると感じた。いよいよアルバムは佳境に差し掛かる。セルフ・カヴァーの「Hit & Run」をLemon(ex. WWRB)とToshie(ex. WWRB)が高らかに、誇らしげに謳い上げた後に、トランペットのソロが入る瞬間、涙が流れた。パーカッションのブレイクの後、繰り返す〈PARTY PARTY〉のフレーズに、また涙。で、ラストはヤング・ホルト・アンリミテッドの名曲中の名曲にして、初期からのレパートリー「Soulful Strut」。このリフレインを、ブレイクを、ずっとずっと続いて欲しいと希求してしまうのだ。いても立ってもいられなく、小池久美子と、山下 洋に久々ぶりに逢った。
まず、最初に訊きたかったのは、なぜ、結成30年にして、こんなにもフレッシュな音を奏でることができるか?ということ。
「やっぱり、2020年、2012年に出したベスト・アルバム以来の新作アルバム『THE ‘NOW’ SOUNDS』を出せたことが大きかったですね」(小池)
「久しぶりにレコーディング・スタジオに入っても、すぐに合わせることができたしね」(山下)
軽く答えた2人だが、パンデミックもあって、ライヴがコンスタントにできない状況が続いたこの3年余り。10人という大編成がグルーヴを戻すのは容易ではないと想像してしまうが、常にフレッシュな姿勢でいることこそが、フレッシュな音を奏でることができるということなのだ。
「意外だとよく言われて気付いたけど、確かにカヴァー・アルバムって出してなかったんだよね」(山下)
「選曲もライヴでは演奏してなかった曲がほとんどですし」(小池)
これは最大に意外な発言! てっきり、ライヴで練られた楽曲をスタジオ録音してみようという流れかと思っていただけに。
「昔からそうですけど、選曲は、山下くんの采配に任せていけば大丈夫という信頼があります」(小池)
「といっても、いつも通り、周到に練った感じではないんだけどね」(山下)
さらりと言う山下だが、彼のもう1つの顔である選曲家・DJの視点が大きいことが明快な選曲となっているのは自明の理。1枚のアルバムが流れるタイム感が上がったり下がったり、押したり引いたりと、絶妙なのだから。それは、招いたゲスト・ヴォーカルの人選にも繋がること。
「それも深くは考えてないんだけど(笑)、『I make a fool of myself』はBoo(K.O.D.P.)くんが以前からレパートリーで演っていたんで、真っ先に浮かんで」(山下)
カヴァーだけど、原曲から大きく変えていないのに、WACK WACKの音としかいいようがないところがワン&オンリーなのだ。そう! 30年もやり続けていたら、演奏は円熟みを帯びるのだが、いい意味でのアマチュア感というのか、初々しさがキープされているという奇跡が此処に在るのだ。
「上手くなりたいという想いはあるんですけど(苦笑)」(小池)
「メンバーが他に仕事しながらバンドをやっているというのも大きいのかもね」(山下)
そうなのだ。彼らはチョイスしたのだった。90年代、演奏が始まれば、一瞬にしてフロアをホットな空間に変えてしまう魔法を持ったパーティ・バンドは、多くのレコード会社、マネジメント・オフィスから声が掛かった。が、彼らは、バンドだけで生活するという、バンドマンなら誰もが憧れるステップを踏まなかった。好きなことを自分たちのペースでやり続けることが大事だと判断したのだ。CDセールスの景気がよかった当時は、一見、稀有に映ったそのアティチュードは、2023年の今、新世代では、スタンダードになっているではないか。自分たちでライヴを組んで、自分たちで音源を発信する。決して、音楽だけで大成功するだけが正解ではない。むしろ、いかに自分たちのスタイル、ウィル、そして反骨精神を研鑽し続けていくことこそ、ハッピーではないだろうか? 何かを始めることは意外とできるけど、やり続けることがいかにハードかは、この年齢になれば、誰もが共感すること。
彼らが今、「Happiness」を演奏することに格段の意味があることは、以下を読めば分かることだろう。ヘッドスタート・フォー・ハッピネス。「お楽しみはこれからだ」というオプティミズム、かつて得た大事な価値観を信じ続けていたい。
毎日が新しい。だからそれに気付いて証明するんだ
また、やり直すチャンスをつかみ取れ
行くんだ! 煙と燃え盛る炎の中を
君が望むものを見つけるために
心の中で感じたことを信じるんだ
『at the Friday Club』
発売中
〈Mix Nut Records〉
INFORMATION OF WACK WACK RHYTHM BAND
7月1日に〈渋谷 CLUB QUATTRO〉で開催の『SHIBUYA CLUB QUATTRO 35TH ANNIV. “NEW VIEW”』に出演。
9月16日長者町〈フライデー〉でのライヴも決定!
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