CULTURE

安藤裕子が新レーベル〈AND DO RECORD〉をスタート。第1弾アルバム『脳内魔法』をリリース

OCT. 17 2023, 11:00AM

対話/山崎二郎 構成/吉里颯洋

2021年にリリースされた『Kongtong Recordings』以来、2年ぶりにして、自らのレーベル〈AND DO RECORD〉第1弾としてニュー・アルバム『脳内魔法』を10月11日に発表した安藤裕子。先行シングル「さくらんぼみたいな恋がしたい」他、全13曲。濃厚にしてたおやかに流れる時間の経過が楽しめるひとときは、彼女ならでは。タイトル通り、まさしく『脳内魔法』がかけられているのは、気持ち良いの一言だ。ドローイングもおこなう彼女ゆえ、毎作、アートワークももう1つの愉しみだが、今作もそう。10月22日より、アコースティック・ツアー『続:アナタ色ノ街』も開催。

ずいぶん大人になりましたけど、自分の根本にある「私は魔法使いになりたい」という気持ちは変わらないので、常に自分で頭の中に魔法をかけ続けているところがあるのかな?という意味も込めていて。すごく仰々しいアルバム・タイトルですよね(笑)

   今回、安藤さんがご自身のレーベルを立ち上げてのリリースということで驚きましたけど、制作期間は1年くらいですか?

安藤 ここ何作かは同世代のサウンド・プロデューサーのShigekuniくんとエンジニアと私の3人で音を作っているんですけど、デモ出しは1年以上前から始めていました。「こういう曲あるよ」って(制作チーム内で楽曲のデータを)送り合っていて、いざ、アルバムとしてまとめようとしてから、「さぁ、どうする?」みたいな空気感になって……。

   いつ出そうというリリースの時期は、具体的に決めていなかったと?

安藤 最初は決めていない状態でしたね。レーベルの立ち上げがまず決まって、そこからアルバムを出そうみたいなプランになり、20周年のライヴとリリースの時期がそんなに離れたら意味ないよね?みたいな方向で話は進んで。それで、アルバムの発売日を先に決めたら、あれ、制作が間に合わなくない?みたいな(笑)。

   らしいなぁ(笑)。収録曲について伺っていきますけど、先行配信している「さくらんぼみたいな恋がしたい」、これはめちゃくちゃ素晴らしい曲じゃないですか?

安藤 これは、木枯らしが吹いている寒い時期に、愛犬の小弥太と散歩している時にできた曲で。シーズーの小弥太の体毛に枯葉がまとわりつくのを見ていて寂しい気持ちになっちゃって、つぶやくようにできたんです。家に帰って(大塚)愛ちゃんに、「小弥太と散歩していたら『さくらんぼ』のオマージュ曲できたわ」とメールしたら、「何それ、聴かせて!」というリアクションで。完成後に愛ちゃんに音源を送ったらすごく好きだと言ってくれて、ノリノリでPVにも出てくれたから、「じゃ、配信する?」みたいなノリで配信させていただいて。

   たおやかに流れるようなメロディで、我々が聴きたい「安藤節」ですよね。

安藤 本当ですか? 私のこういうところを理解してくれている人も少ないので、そう言っていただけるのは嬉しいです。割と表層的にもっと歌謡感のある部分だけを知っている方が多いから、いろんな意味で出すのがちょっと怖かったですけど。

   出てくるのは「さくらんぼ」ですけど、これからの季節にフィットする楽曲かと……。でもやっぱり、僕はどうしてもディープなファンなので、「沈澱する世界」がめちゃくちゃ気に入っていて。

安藤 フォークソングを作ろうと思って作ったんですけど、このアルバムで唯一、メッセージ性のある曲だったんじゃないかという気がしますね。自分の周りを囲うすべてのことも含めて、事なかれ主義に疲れちゃったなと思っているところがあって(それを形にしました)。と言うのも、今の時代って、なかったことにすることで継続できるとみんな勘違いして生きている感じがしていて。何かを乱すってすごく怖いことだから、生きる方法論としては、「同じことを日々続けていれば自分の暮らしが守られて、同じ日常がこのまま続くはずだ」と思って安心するのは、大事なことかなと思うんですよね。ただ、どう考えても、いつまでも同じ時代ではいられないみたいな部分は否定できなくて。日本という国、それから世界を含めて、もう時代のフェーズは変わってしまっていることにみんな気付いているよね?と思いつつも、それを誰かが口に出すのはタブーじゃないですか? その事なかれ主義とか、見なかったことにしようとする保身のすべてが、自分も含め、気持ち悪く感じていて、“横で誰かが肩を掴まれる瞬間もみんな固唾を飲んでいるけど、見ないふりをしている”みたいな歌詞になっていたりするんですけど、そういうものが全部自分の身の上に降り注いで澱(おり)となって重なっていくという曲で。サウンド・メイキングを楽しむアルバムの中では、曲に込められたメッセージが一番熱いですね。

   9曲目までは気持ち良いなと思って聴いていたら、10曲目がこの曲で、そこそこのショックがあるという……。

安藤 渋谷で初めてこの曲をライヴで歌った時も相当がなって歌っていたので、怖かったと思います(笑)。

   僕的には、「沈澱する世界」と、12曲目の「泡の起源」が対になっているように聴こえたんですよ。

安藤 「沈澱する世界」が地上の争いを歌っているとしたら、「泡の起源」が歌っているのは宇宙ですから、全然次元が違いますね。

   同じリキッド(液体)でも、「沈澱する世界」で描かれるのは〈沈澱する時の澱〉であって、「泡の起源」では〈何もかも 泡と還り 想いだけ残って -あなたの瞳見つめて想い伝える 好きよ と伝える〉というフレーズの中で“泡”が歌われていて……。

安藤 以前観た『インターステラー』(2014年)という映画からインスパイアされて作った曲なんですけど、「泡の起源」は完璧にテーマが宇宙ですね。生きていてずっと寂しいなと感じていたんですけど、その寂しさの由来は分からなくて……。その映画を観て、ちょっと腑に落ちるところがあって、言葉では表現しにくいけど、それを歌にした感じです。いずれ自分の肉体は朽ちるんだけど、今もその先もずっと同じようにずっと並行して世界は存在していて、あらゆる世界がパラレルに交差しつつ、そこに在るというか。寂しいと感じていた自分も孤独じゃないという確信みたいなものを得たような気持ちがあって。恋の歌として描いているけど、伝えたいのは表層的なことじゃなくて、ちょっと次元が違うところにいる存在と交わす約束みたいなこと、そうした存在にやっと会えたんだなと思う心情を歌っていて。

   以前からこういうスタイルのダブル・ミーニング的な歌詞は書かれてきましたよね。ラヴ・ソングのスタイルを借りながら、実はもっと本質的なこと、深遠なメッセージを歌っているソングライティングはされていましたけど、かつてはこうして言葉にして解き明かしてくれることはなくて……。

安藤 そうですね。そもそも、あの頃は他人と喋れなかったのかも(笑)。

   今思うと、初期の頃は、インタヴューがなかなか成立しなかった思い出があって(笑)。当時は、胸の内にある感覚を言語化するのが大変という印象でした。

安藤 今も相当下手ですけれど。

   いやいや、かつてと比べればすごく雄弁に語っていますよ。しかも、ちゃんと理路整然と。

安藤 今はすごい大人になったし、そんなに人見知りもしなくなって、誰とでも喋れるんですよね。デビュー当時は本当に人見知りが尋常じゃないぐらいひどくてご迷惑をかけたかなと。

   取材しても、全然、喋ってくれなくて困った記憶が……(笑)。

安藤 口を開くと泣いちゃうから。

   そうそう。僕が泣かせるようなことを言ったのかと焦ったりもして。

安藤 それは違うんですよ、本当に。過去の自分は情緒不安定過ぎて、今思えば、なんで泣いていたんだろう?って思いますよね。

   でも、それは、ある種、アーティストとして当然じゃないですか? 取材を受ければ説明義務があるとは言え、言語化できないことを作品化しているのであれば、本来はそれ以上のことを語る必要はない訳ですから。

安藤 当時は、なんか悔しかったんですよ。伝えたい言葉が出てこない自分が不甲斐なくて、嫌だったんだと思うんですけど。

   今話されたのはすごく本質的な楽曲のテーマであって、そもそも言語化できないことだったりする訳じゃないですか? 表現したいテーマは、よくありがちなラヴ・ソングの「誰かに恋しているけど、つらくて」みたいなことではない訳ですから。

安藤 そうなんですよ。私ね、なんでこんなに説明が下手なのかな?ってずっと思っていたんですけど、みんなと感じていることが違うがゆえに、言葉で分かち合えないんだなって最近ようやく気付いたんですよね。

   今の説明だって、本当にもう感覚的な話ですよね。感覚的に見えているものが言葉にできないからこそ、ソングライティングする訳であって。っていうことで良いですよね?

安藤 でも、今の自分ならニコニコご挨拶をして、こうしてきちんと喋れますよ(笑)。

   思うに、初期の頃から、本質的にはラヴ・ソングじゃない、ラヴ・ソングには収まらないメッセージをちゃんと感じていて、安藤裕子はそれを翻訳して曲にしていたんですよ。伝えたいことが結果的に楽曲になる場合もあるし、時としてペインティングになる場合もあったり……。

安藤 そうですね。(他のシチュエーションであっても)恋にかぶせると、ストーリーになりやすいですよね。

   収録曲に話を戻すと、ラスト・ナンバーの「ただララバイ」が気になっていて。シンプルで身も蓋もないタイトルですけど、これは本当にこのままの形で降ってきたような感じですか?

安藤 これはね、アルバムを気楽な気持ちで締めくくりたくて作りました。いかにもエンディングみたいな曲が図らずも並んでしまって、「終わる終わる詐欺」みたいになっちゃったので、すごくお気楽にアルバムを終えたくて、この曲をラストにしました。すごくアホっぽいですけど、中身としては「涅槃で待つ」っていうか、「あの世に言った後で、みんなで話そうぜ」みたいなことを歌っています。

   そうやってさりげなく言いつつも、曲のテーマがまた深いんですよ。

安藤 この曲には、ちょっとしたサウンド・メイキング上の裏設定があって、制作チームのメンバーが同世代なので、90年代の音楽のオマージュ的なことを試みようとしていて。頭にあったのは、95年にインディーズでリリースされたTOKYO No.1 SOUL SETの『TRIPLE BARREL』っていうアルバムだったんです。

   オープニングが「黄昏’95~太陽の季節」でしょ? 言われてみて、2つの楽曲のイメージが直結しました。

安藤 あ、それです! 実は、チーム内でそのアルバムの話をしていて。当時はサンプリングがすごく流行っていて、あのアルバムの収録曲も洋楽のサンプリング音源に曲が乗っかっているスタイルだったんです。その影響で「ただララバイ」もちょっとサンプリングみたいなことを取り入れたいと言いつつ、先にメロディと歌詞ができちゃったんですよ。だから逆に、出来上がった曲に後からはめ込めるような曲とか、イントロみたいな何かのフレーズがないかな?みたいな話をしていたんですけど、そもそもサウンド・プロデューサーのShigeちゃんが、日本のそこら辺のインディ界隈を全然通ってなくて。こちらの言葉だけ聞いて、「その辺りは知らないけど、ニーズは分かった」みたいなことを言って、仕上げてきた音源はレゲエみたいなアレンジで(笑)。「なんで、レゲエなんだ!?」って話になったんですけど、多分、私が渡したデモではバッキングのギターのリズムが裏で弾いていたからかなと……。

   全く違う仕上がりを期待していたのに、ある種、原曲に忠実にアレンジを施した結果になったと(笑)。

安藤 期待していたサンプリングのアイデアも、何をどう間違えたのか、犬の声がすごく入っていて、「なんで、犬の声が入っているんだよ!(笑)」みたいなリアクションをするしかなくて。犬がつぶやく想定の〈ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる言う〉というフレーズからインスピレーションされているみたいなんですけど、デモ作りは一旦中断して、しばらくは手をつけなかったんです(笑)。「もう全然、話が噛み合わない。何でこうなっちゃったんだ? 我々、今まで楽しくやってきたじゃないか!」と思うくらい、目指すところが分からなくなっちゃって。Shigeちゃん曰く、「全然、これ良くなるよ」とアレンジしていて、エンジニアも含めてあれこれ相談するうち、「(オマージュするなら)SOUL SETじゃなくて、フィッシュマンズだな!」みたいな話になっていき……。

   それって、完全に後付けじゃないですか(笑)?

安藤 (笑)そういう紆余曲折があって、サウンドをよりポップに昇華するみたいな方向でやっていくことになり、意外とアホらしさが爽やかで、曲が形になってきた時に、「なんかこれ、馬鹿らしくていいな。アルバムの最後の曲はこれにしたいな」と思い至って。

   この曲までの流れがそこそこ重かったんですよね。ところが、ラストの「ただララバイ」のこういうテイストが、その重さを良い塩梅に中和してくれているというか。

安藤 12曲目までは散々重かったのに、この馬鹿らしさが強いから自分っぽいかなと思って。

   この両極端のテイストが1枚のアルバムに同居していてこその安藤裕子ですから。

安藤 ぼんやりしているし、よく泣いたりするから暗い人間だと思われがちなんですけど、私、本当に暗くないんですよ。変な説明ですけど(笑)、すごく根明なんですよね。

   ご自身のレーベルからのリリースですし、思い切り自己解放しても良いんじゃないですか?

安藤 こういう馬鹿らしいふざけた感じの曲でアルバムを締める方が自分的には腑に落ちる部分があって、こういう終わり方にさせていただいたんですけど。

   「ただララバイ」を最初に聴いた時は、笑っちゃいました。それまでは根詰めて聴いていたのがふっと脱力するというか、クスッと笑える瞬間がこの曲にはあって。

安藤 あえて言うなら、(ライヴにおける)アンコールみたいな、そういう位置付けかなと。

   そうですね。それは言い得て妙かも。

安藤 本編のステージが終わって……。

   バンドメンバーもツアーTシャツに着替えて……。

安藤 「ヤァ、ヤァ、ヤァ!」ってノリで、客席に手を振りながらステージに現れて演奏する曲みたいな。多分、それに近いと思います。

   それに、今回のアルバム、13曲も入っているじゃないですか? そういった意味でも濃いんですよ。

安藤 濃いですよね。曲調も全部バラバラですからね。

   出し惜しみなく、13曲もぶち込んでいる訳だから濃厚だなと。ところで、このアルバム・タイトル『脳内魔法』は、かなり深い意味があるのではと察しますが、いかがですか?

安藤 私、タイトルの付け方は雑なので……。

   とは言え、このタイトルなら、さすがに深遠な意味があると思うじゃないですか(笑)。

安藤 あれ、そう思いました?(笑)。

   英語で書かれたらさらっと流れちゃいますけど、漢字4文字で『脳内魔法』というインパクトのあるワードならば(笑)。

安藤 由来をお話しすると、1つは私自身がデザインをするので、タイトルも字面で決めるんですね。フォントをいろいろ変えたりして、何かのヴィジュアルにタイトルのテキストを乗せてみて、試行錯誤しながらフォントで選んでいるところもあるし。あと漢字のヴィジュアル的なややこしさには毒があるから、視覚的に引っかかるじゃないですか? そういうフックを求めた部分もあります。ずいぶん大人になりましたけど、自分の根本にある「私は魔法使いになりたい」という気持ちは変わらないので、常に自分で頭の中に魔法をかけ続けているところがあるのかな?という意味も込めていて。すごく仰々しいアルバム・タイトルですよね(笑)。

『脳内魔法』
発売中
〈AND DO RECORD〉

INFORMATION OF YUKO ANDO

10月22日より、アコースティック・ツアー『続:アナタ色ノ街』が開催。

 

【WEB SITE】
www.ando-yuko.com
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