CULTURE

KIRINJIが新レーベル〈syncokin〉を設立し、第1弾アルバム『Steppin’ Out』をリリース

SEP. 27 2023, 11:00AM

対話/山崎二郎 構成/吉里颯洋

KIRINJI・堀込高樹が新レーベル〈syncokin〉を設立。『新古今和歌集』から採られた言葉は、【新は「syn」、同時に。古は「co」、共に。今は「kin」、親類。三つならべて『syncokin』です】という想いを込めた。そして、9月6日に第1弾アルバムがリリースされた。タイトルはなんと!本媒体と同じ『Steppin’ Out』。キャリアを積んだアーティストが新たに挑戦する。それは今作に収められた「Rainy Runway」で〈新しい季節を生きよう 素敵な予感しかない!〉と高らかに歌われる。そう、今作はこれまでのKIRINJIサウンドと、新たな扉を開けるアクションが見事に両立している。先行シングルとなった「ほのめかし」では、韓国のロック・バンド、SE SO NEON(セソニョン)をフィーチャリング。ドラマ『かしましめし』主題歌「nestling」、説得される側の心象をシニカルに描いた「説得」、トー横キッズの情景を大人の視点から見る「I ♡ 歌舞伎町」他、全9曲。現在開催中の『KIRINJI 弾き語り 〜ひとりで伺います』に続いて、11月からは バンド編成による全国ライヴ・ツアー『KIRINJI TOUR 2023』が開催。

自分の好感度とか気にしていたら、なかなか面白い作品にはならないというか。つまり、自分という人間の好感度なんて気にしなければ、創作の幅って広がるってことですよね

   今回のアルバム、前作から大きな変化を感じました。そこは意識しての新機軸だったのですか?

堀込 常々、毎回アルバムを作る度に何かしらの新しい局面を見せたいと思って作っていますから、そう言っていただけるのは嬉しいですね。ファンの方が新譜を聴く時は、「ここは、いつものKIRINJIっぽいよね」みたいなところをまず探して、その後に「ここが新しいな」というポイントを見つけていかれるかと思うのですが、今回は新旧のテイストのバランスが良い感じなんじゃないかという手応えがあります。

   仰る通りで、すごくバランスが良いですよね。当然、新レーベルの立ち上げ第1弾ということも踏まえての采配なんだろうなと思って。

堀込 『cherish』(2019年)を作った時の話をすると、かなりサウンド・プロダクションも変えたし、曲によっては韓国語のラップが乗ったりとか、大幅にシフト・チェンジした作品だったんですよね。それで『ネオ』(2016年)の時にも2曲ミックスしていただいたヒップホップやダンス・ミュージックに強いD.O.I.さんに4曲ミックスをお願いしたんですけど、それまでのKIRINJIと比べると、結果的にロー・エンドの感じとか、サウンドのレンジ感がガラッと変わって。その時から「いわゆる普通のオーセンティックな生演奏でも、レンジ感だけ調整して今っぽくしたら、その時の(アップ・トゥ・デイトな)音になるんじゃないのかな?」みたいな理論がずっと頭にあって。それで、今回のアルバムは、比較的、生演奏が多めなんですけど、サウンドのレンジ感は今の音像にこだわってみました。たっぷりロー・エンドがある音にしようということを考えながら作りましたね。楽曲そのものはオーソドックスな「A-B-C-サビ」みたいな、割とオーセンティックなポップスの作りの曲が多いと思いますが、ミックスの匙加減とか音像とか、そういうレンジ感については今日的なんじゃないかなと。

   スピーカーを通して大きな音で聴くと、違いが分かるんですよ。今回のアルバムのこだわりポイントはそこですか?

堀込 のような気がするんですけど……。あとは何かなぁ? あとはね、去年から弾き語りスタイルのライヴを始めていて、それの影響もあったかと。

   ここに来て、なんでまた、そんなご心境に?

堀込 コロナ禍は、なかなかライヴができない状況が続きましたよね。それでもやっていたんですよ、パッケージ出す度にちょこちょことは。ただ、自分が罹患するかもしれないし、せっかくリハーサルしたのにメンバーが罹患するかもしれないとか、そういうリスクを抱えながらバンド・スタイルでライヴをやるのはなかなか難しいなと思って。何か良い方法はないかなと考えた挙げ句、弾き語りスタイルの1人のツアーだったら、割と身軽にあちこちを回れるだろうってことに気付いて。それで、今まで行けていなかった大都市以外のエリアを中心に回ろうというコンセプトで、もうちょっとKIRINJIの実態を知ってもらおうと思って始めたんですよね。思わぬメリットとして、弾き語りスタイルのライヴを重ねるうちに、だんだん歌うことにためらいがなくなってきて。その状態のままレコーディングに入ったので、歌入れが割と楽しくできたんです。基礎的なスキルが上がったので、もっと良くするにはどうしたらいいか?みたいな考え方でレコーディングができたのは大きかったと思います。

   収録曲について聞いていきたいのですが、まずは7曲目の「I ♡ 歌舞伎町」。タイトルからしてなかなかのインパクトで。この曲は、どんなテーマで?

堀込 描いているのは、歌舞伎町のいわゆる〈トー横〉エリアの風景なんですけど、〈新宿東宝ビル〉で映画を観てエスカレーターを降りて、ちょっと左手を見上げると、「I ♡ 歌舞伎町」っていうネオンがドーンとあるんですよね。あの「I ♡ 歌舞伎町」のサインを掲げた〈ハヤシビル〉がすごく象徴的な感じがしていて。最近は〈東急歌舞伎町タワー〉と〈新宿東宝ビル〉の間の広場に割と人がたむろしているけど、何年か前までは〈思い出の抜け道〉と〈新宿東宝ビル〉の真ん中辺りの通り、あそこに人がいっぱいいたんですよ。よく自分も映画を観に行って目にしていた光景ではあったんですが、日中に映画を観て夕方に外に出てくると、やっぱり様子が変わっている訳ですよね。子供がいっぱいいて小学生みたいな子もいて、「何だ、これ?」と思ったら、「トー横キッズ」という括りで、色々と報じられていて。ちょっと調べたら、ただの不良とかとかじゃなく、学校とか家で虐待を受けたり、居場所のない子たちが歌舞伎町のそのエリアに集まって来ているんだって話を聞いたんです。みんながみんな、そうではないと思うのですが。当初は「そうなんだ」くらいにしか思わなかったんだけど、ちょうど彼らの年齢がうちの子供たちとほぼ被っているなと気付いて。もしかしたら「うちの子の友達とか、あるいは近所にいる子があそこに通っているかも?」と思うと、親心が疼くというか、だんだんと心配になってくるんですよね。それで、あの風景を歌ってみよう、曲にしてみようと思って書いてみたんですけど、ただ彼らだけを描くのは違うと思ったので、彼らを食い物にしているような大人たちも描こうと。ただそれは、食い物にする側とされる側っていう対比じゃなくて、お互い傷付いた人たちという枠組みで、子供と大人の双方を捉えたいと思ったんです。子供たちは学校や家に居場所はないけど、あそこが彼らの居場所になっている。一方で、大人達には会社や家とか物理的な居場所はあるかもしれないけど、精神的な居場所がなくて、結局さまよっているという。居場所のない者同士が金銭というものを介して繋がり合ったっていう設定にしようと思って、このような歌になりました。

   このシチュエーションを大人の視点で描いているのがすごく新鮮で、KIRINJIの楽曲の中ではかなり異色ですよね。居場所のない子供たちを心配しているんだけど、〈(居場所がないのはテメエのほうだろ!)って言いたそう〉というフレーズがあるように、子供に言ったことが大人の自分に跳ね返ってくるという描写が絶妙で……。

堀込 ここで想定している男性は大体40歳とか、それよりも年上みたいなイメージなんだけど、その辺の世代って就職氷河期とかを経験していて、なかなか事がうまく運んでいかない経験をしてきた人たちなんですよね。2000年以降で「惨劇」と呼ばれる事件を起こした人たちにはこの世代の方が多くて、その辺りにもイメージがいくように(〈この俺はまだあの氷河期に閉じ込められてる〉〈いつかこの悲劇を喜劇に変えてみせる 惨劇を起こしてしまわぬうちに〉といった描写で)主人公を描いたりはしていて。たまたま自分も今は音楽で食べていけているというか、何とかやっていますけど、何かの弾みでつらい人生を歩んでいたかもしれないと思うと、そういう人たちを他人とも思えないというか。思い起こせば、30歳ぐらいの時に「もしデビューできてなかったら、俺、どうしていたのかな?」と思うことも度々あったなと。

   子供と大人、双方の言い分が交差する歌詞がW構造になっていて、そこはKIRINJIならではというか。これまでの音楽性がしっかりキープされていながら、今の音に対しても柔軟にアプローチされているという。例えば、「ほのめかし」では、SE SO NEONとコラボレーションをおこなっていて。

堀込 この曲でコラボしたSE SO NEONは、お世話になっているプロモーターの方がKIRINJIと一緒で、昨年、その方から「SE SO NEON興味あります?」って言われて、「好きで、よく聴いています」って答えたことがあったんです。SE SO NEONもKIRINJIを知ってくれていたみたいで、その時には「ライヴの対バンなり、先々、何か一緒にできたらいいですね」みたいな話で終わったんですけど。今年の3月に、ライヴのために彼らが来日したタイミングでお会いする機会があったので、「こういう曲があるんだけど、コラボするのはどうですか?」みたいなオファーをしてみたんですよね。「これからデモを送るから、ちょっと聴いて判断してもらって、気乗りしなかったら別にいいんだけど」って話からコラボが始まって。「2番のヴァースは(ヴォーカル&ギターの)ファン・ソユンさんが歌うパートなので、1番とサビの歌詞の内容に即した感じで歌詞を書いてください」と伝えたところ、日本語で〈既読スルーしないで〉というフレーズを彼女が書いてくれて。ぼんやりしたことを歌おうと思って書いた僕の歌詞が  僕の書くものって割と抽象的というか、具体的なものがあまり出てこないじゃないですか。彼女がその〈既読スルーしないで〉っていう一節を放り込んでくれて、多分、聴く人にとってすごく身近な、「あ、そういうことか」って腑に落ちる歌詞になったと思ったんです。良いフレーズを放り込んでくれたことに感謝だなと。

   今作で1曲ハマった曲をあえて選ぶなら、やっぱり、「説得」ですよ。

堀込 実は、ここ数日、僕の周囲で「説得」が気になるっていう声が突然増してきて、どういうことなのかと(笑)。

   でしょう? これはやっぱり、ある種、ひねくれた性格じゃないと書けないリリックなのかと……(笑)。

堀込 いや、別に僕自身は、ここまで嫌な感じではないですよ(笑)。

   「え、そうですか!?」って、みんなそういうリアクションじゃなかったですか?(笑)。

堀込 頼み事をされると、「いいよ」ってすぐ答える人と、「え!?」と身構える人がいるじゃないですか。僕はどちらかと言えば、まず身構えるタイプで。だけど、そこで「やらないよ」とは言わないんですよ? 実際にやるまでの葛藤はありつつも最終的にはやるんだけど、ウジウジ言っているプロセスを描いたストーリーで。何かを頼む人がいて、受ける自分がいて、ここに誰かもう1人いて、「君がやれって言うんだったらやるけど、もしも失敗したらそっちのせいなんで」とか言いそうな、そういう嫌な感じの主人公を描いています。

   いや、例えば愛の告白の歌があれば、十中八九、告白する方が主人公じゃないですか。それが、ここでは、説得される方が主人公っていうのが何とも絶妙な設定かと……。

堀込 言われてみれば確かにそうですね。その視点のラヴ・ソングってないですね。告白されて困っているんだけど、みたいな。

   描かれるのが、ウジウジしたり、逡巡するプロセスだと新鮮だなと。

堀込 それ、歌になりそうですね(笑)。「まずは1回、お手合わせしてから考えていいですか?」みたいな、ちょっと大人な感じのスタンスとか、そういう設定もありですね(笑)。次はそれにトライして「説得パートII」みたいな感じで書いてみますか。

   昔からそうですけど、今回のアルバムもまた、ちょっとひねくれた嫌な人をいかに描き込むかっていう、KIRINJIならではのソングライティングのスキルが冴え渡っているなと。もちろん、KIRINJIのレパートリーには、ストレートなラヴ・ソングもありますけど、並のソングライターなら、こういうキャラなり設定ってなかなか掘らないテーマであると思うんですよ。

堀込 かもしれないですね。

   下手したら、癖のある主人公が自分と同一視されちゃうかな?とか、そこまで思われたくないなっていう感じで、表現にストップがかかるのもありがちで……。大多数が共感するテイストではないし、ライヴで披露する際に、こういうタイプの曲って、なかなか歌い映えしづらいじゃないですか?

堀込 確かに、自分の好感度とか気にしていたら、なかなか面白い作品にはならないというか。つまり、自分という人間の好感度なんて気にしなければ、創作の幅って広がるってことですよね。リスナーからの共感に興味がないとは言わないですけど、言われてみれば、自分はそこには重きを置いてないなと。

   あえて言うなら、キャリアの初めからそうだったのかなと(笑)。普通、デビューしたての初期の頃だとなおさら、作り手の自分もよく見せたいっていう気持ちがあって当たり前だけど、最初からこうでしたよね(笑)。オープニングのタイトル・トラック的な「Runner’s High」は、「説得」とは一転して、めちゃくちゃポジティヴかつ爽やかな楽曲で。KIRINJIの魅力は、この振れ幅ですよ、やっぱり。

堀込 ありがとうございます。これは割と早い時期に出来た曲で、これはアルバムの顔になるかなと思えたので、安心して自由に作れたっていう感じですね。イントロから入ってエンディングに至るまで、序盤は静かに始まって盛り上がって……みたいな感じでイメージが湧いて、メロディや歌詞より先に、サウンドやアレンジを作ったんです。トラックが仕上がった後で、歌詞をどうやってつけたらいいのかなといろいろ悩んだんですけど。ちょうど、ジムでランニング・マシーンを使って走る時のイメージで、だんだんスピードを上げていって、走り始めて30分ぐらい経つと気分良くなってくるみたいな自然な高揚感がこの曲にぴったり合うなと思って、それをそのまま歌詞に落とし込む形で仕上げました。

   まさに、ライヴで聴きたい曲ですよ。それこそ、シンガロングしたい曲ですね。

堀込 エンディング近辺のワン・コードで展開する辺りをどうすべきか、すごく悩んだんです。アイディア通りに仕上げると、曲がめっちゃ長くなっちゃうなと思って。やっぱり、ラジオでオンエアしやすいという意味でも、尺が短い曲が好まれる傾向があるじゃないですか?

   とは言え、ライヴであれば、尺は気にせず、たっぷり聴きたいのも事実で。

堀込 結局、この手の長さの曲は最近なかったから、尺はちょっと長くしようと思って。ドラムの伊吹文裕くんがすごくいいプレイをしてくれて、結構ドラムで引っ張られている曲という感じですね。

   できれば、オープニングもしくは、アンコール1曲目で聴きたい!

堀込 アンコールか。本編最後じゃないのかな?

   やっぱり、本編のラストはみんな知っている曲で終わって欲しい(笑)。

堀込 なるほどね。そういうものなのか。ちょっと考えます(笑)。

   いやいや、今のはあくまでも僕の個人的な趣味であって(笑)。すると、今後は弾き語りもあれば、バンドでのライヴもあって、2パターンのライヴが楽しめると。

堀込 まず9月からは弾き語りスタイルでツアーがスタートしていて、その後、バンド・スタイルで各地を回っていきます。ご無沙汰している皆さんに顔を見せに行くという感じですね。兄弟でやっていた頃のキリンジからバンドになり、今は1人でやっていますよということも含め、この10年のうちに慌ただしく色々あったので、「今のKIRINJIの実態はこうですよ」ということをよりリアルに感じてもらうには、弾き語りスタイルのライヴって結構良いのかなと思います。

『Steppin’ Out』
発売中
〈syncokin〉

INFORMATION OF KIRINJI

全国各地を弾き語り形式で巡るツアー『KIRINJI 弾き語り ~ひとりで伺います』が開催中。

11月3日〜5日に台湾・台南で開催される『LUCfest 2023』に出演。11月17日からはバンド編成による全国ツアー『KIRINJI TOUR 2023』も開催決定!

 

【WEB SITE】
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