俳優・光石 研を当て書きし、光石の故郷でもある北九州市を舞台に、人生の転機を迎えた、ある中年男性を描く——映画『逃げきれた夢』
映画『逃げきれた夢』は光石 研にとって、『あぜ道のダンディ』以来、約12年ぶりの映画単独主演作となる。しかも、光石を敬愛する監督、二ノ宮隆太郎が脚本を本人に当て書きし、本人の人生を取材し、そのエッセンスを物語に注入した作品である。にもかかわらず、当の光石本人に映画の感想を求めると、どうにも反応が鈍い。「分からない」、「恥ずかしい」と何度も口にする。
北九州の定時制高校の教頭を務める周平(光石)は、定年を前に記憶が薄れていく症状に見舞われる。そこで彼は、家族や友人など、これまで築いてきた人間関係を見つめ直そうと決意するが、1日やそこらで変わるべくもない。本人の希望とは裏腹にどんどん空回りしていく現実に、周平はどう立ち向かうのか——。
周平の何気ない日常をただ切り取り、周平の何でもない表情ばかりが映し出される。けれど、彼の言動や顔つきを繰り返し観ていくと、不思議なことに、描かれてはいない周平のこれまでの人生が立ち上がってくる。ちょっと自分の態度を変えたくらいでは、積み重ねてきた日常は揺るがない。その恐ろしさは身につまされる。であれば当然、光石本人としては、自分をモチーフにしている作品がはらむ怖さなど、容易には口にしないだろう。話し終わってみるとそのことに妙に納得してしまった。