CULTURE

俳優・光石 研を当て書きし、光石の故郷でもある北九州市を舞台に、人生の転機を迎えた、ある中年男性を描く——映画『逃げきれた夢』

MAY. 23 2023, 3:19PM

撮影 / 森 康志 スタイリング / 上野健太郎 ヘア&メイクアップ / 大島千穂 文 / 堂前 茜

映画『逃げきれた夢』は光石 研にとって、『あぜ道のダンディ』以来、約12年ぶりの映画単独主演作となる。しかも、光石を敬愛する監督、二ノ宮隆太郎が脚本を本人に当て書きし、本人の人生を取材し、そのエッセンスを物語に注入した作品である。にもかかわらず、当の光石本人に映画の感想を求めると、どうにも反応が鈍い。「分からない」、「恥ずかしい」と何度も口にする。

 

北九州の定時制高校の教頭を務める周平(光石)は、定年を前に記憶が薄れていく症状に見舞われる。そこで彼は、家族や友人など、これまで築いてきた人間関係を見つめ直そうと決意するが、1日やそこらで変わるべくもない。本人の希望とは裏腹にどんどん空回りしていく現実に、周平はどう立ち向かうのか——。

 

周平の何気ない日常をただ切り取り、周平の何でもない表情ばかりが映し出される。けれど、彼の言動や顔つきを繰り返し観ていくと、不思議なことに、描かれてはいない周平のこれまでの人生が立ち上がってくる。ちょっと自分の態度を変えたくらいでは、積み重ねてきた日常は揺るがない。その恐ろしさは身につまされる。であれば当然、光石本人としては、自分をモチーフにしている作品がはらむ怖さなど、容易には口にしないだろう。話し終わってみるとそのことに妙に納得してしまった。

人って、自分が慮ってやっていることが相手には通じなかったり、そんなに真剣に思っていないけど真剣に思っている風にしてみたり、何となく心配した素ぶりを見せて「大丈夫?」と言ってみたり。そういうことって多々ありますよね。家族と接している時でも。でも日常って、そういうことだと思うんですよね

   完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

光石 いやいや、もう恥ずかしい。恥ずかしいっていうか、照れくさいっていうかね。まだ1回しか観ていないのでそこまで語れないかもしれないです。まだまだ冷静に観られる感じではなかったですね。

   すごくリアリティーがあるお話で、やっぱり、もう取り戻せないものってあるのかな、なんて身に沁みながら拝見しました。役とどう向き合われましたか?

光石 ほぼ僕の実年齢と言ってもいい役だし、置かれている環境もなんかね、思うところがあって。彼は学校の教頭ですけど、初老? 中年? 何ていうんですか、老人に差しかかろうとしている年齢なので、僕自身も身につまされるなぁと。もしかしたら記憶がどんどんなくなっていくんじゃないか?とか、台詞を覚えられなくなる時がくるのかな?とか。実際、似たような年齢の人間が集まると、大概病気の話から始まるし(笑)。まず目の話から始まり、内臓の話があり、あとは親の話。それこそこの映画じゃないけど親問題が差し迫ってきていて。とまぁ、あまりにも自分と身近な題材ばかりなので、感慨深かったです。もっと言うと、二ノ宮監督は僕をモチーフにしてくださったようなので、今回は一緒にロケハンにも行ったんです。一緒にというか、たまたま黒崎っていう僕が育った町でイヴェントがあった時、彼が付いてきて、3時間くらいかな、プラプラと一緒に街を歩きました。だからほぼ私小説じゃないけど、私的なことがかなり入っている映画ですから、そこが照れくさくもあり、身につまされるところもあり、だったんです。

   周平は、毎日規則正しく生活し、誰にでも挨拶をきちんとし、どんな生徒にも目を配っている。いい父親にも見えるんですが、観ていくにつれて、彼の振る舞いから「それ本当に思ってる?」、「適当に言ってない?」と思うような部分も出てきて。一番の友人である松重 豊さん演じる幼なじみにも「自分勝手」と言われたりして。やはり家族にあれだけ冷たくされるということは、描かれていない部分も色々あるんだろうなぁと。

光石 そこまで難しく考えていなかったんですが、ただ人って、自分が慮ってやっていることが相手には通じなかったり、そんなに真剣に思っていないけど真剣に思っている風にしてみたり、何となく心配した素ぶりを見せて「大丈夫?」と言ってみたり。そういうことって多々ありますよね。家族と接している時でも。でも日常って、そういうことだと思うんですよね。そんなことをぼんやり考えて演じていたので、生徒にも近所の人にも普通に声をかけるんだけど、そんなに重みがないっていうか。家族には、こちらは良かれと思って接していることが向こうには通じてなかったりするんだよなぁなんてことも思いながら演っていました。意識的にはぐらかしながら演じているわけではなくて、僕が普通にやっていればそういう風に見えるだろうなと思っていました。

   なるほど。娘さんは年頃なのもあるのでしょうけど、あんなに気のいい父親なのにやけに冷たいなぁなんて観てしまいましたが、あれが日常であると。

光石 あんなもんなんじゃないですか、普通。

   最後の方に、周平は本音を吐き出します。「これまでの日々の積み重ねだね」みたいなことを言うんですが——積み重ねって「重」という字が入っているじゃないですか? 何気ない毎日、何気ない言葉、何となく人に挨拶したり何となく「頑張ってね」と言ったり。そういう一見軽いものたちもいざ積み重なると、いつの日か重くのしかかる時が来るよなぁと思って。

光石 そうですね。だからあのシーン、重いですよね。というか、親父が一生懸命になればなるほど、家族のみんなは引くっていう。それも面白さだと思うんですが。

   ああいうシーンって、「お父さんのそういうところ、初めて見た」って感じで、家族の心がちょっと動いたりと、父親の苦労や気持ちが報いられるケースもありますが、この映画ではそうならないっていう(笑)。

光石 いや、実際がそうなんじゃないですかね、分かんないけど(笑)。でも僕、あのシーンはとっても分かるなぁ。自分が熱くなると家族が引くっていう部分。

   「引く」で言うと、坂井真紀さん演じる妻に対して「抱いていいか」といきなり聞くシーンがありました。観ているこちらもこそばゆくなるというか(笑)。

光石 ね(笑)。なんでそんなこと監督は言わせたんだろう? なんか経験があるんじゃないですかね。

   監督はまだお若いですよね?

光石 36歳くらいですかね。その割に、本当にこの歳のおじさんのことを分かってくださっているなぁと思います。よく観察しているのか、自分のお父さんがそうだったのか分からないですが、「こういうことあるよな」と刺さるシーンがたくさん出てきますよね。

   監督の話になったのでお伺いできればと思うのですが、光石さんのフィルモグラフィーを振り返ると、昔から若手の監督と積極的にやられている印象があります。これまでたくさんの若手監督とやってきた中で、今回の二ノ宮監督をどう見られますか?

光石 真面目だし、律儀だし。同じ事務所なんですよ。俳優として彼に最初に会ったんですが、その後事務所に入ってきて。あ、入る前に、彼が撮った映画があるんですが、「観てほしいと言っていますよ」って、あるスタッフから人づてにそれが回ってきたんです。それを観させていただいたりしていて。本当に誠実な、真面目な人です。演出も真面目過ぎるがゆえに、ご本人の中で混乱するようなところもありました。

   映画の資料を拝見すると、子供の頃から光石さんのファンで、光石さんは敬愛する俳優だと監督が。

光石 それはちょっと分からないですけど。ただ僕は、僕のファンだったとか憧れていましたって言われると、そんな経験が今までないから、「本当か?」と穿って見てしまうところがあるんです。何か裏があるんじゃないか、何か画策していないか? そういう風に見ちゃう。だからあまり信じないんです。

   周平という、頑張ってもなかなか家族に好かれない人物を、俳優仲間も多そうで、女優さんに取材すると尊敬する俳優としてお名前が挙がるくらいの光石さんという俳優にやらせるのは面白いですよね。

光石 僕がどういう立ち振る舞いをして、女優さんとかがそうおっしゃってくださるのか、自分のことだから分からないんですが、周平はやっぱり堅物なんですよ。いや、堅物だったんじゃないかな。生徒に何も面白いことを言わないし、ふざけない。やっぱり教師という職業柄、いろんなところから圧がかかって、家族はちゃんとしていなきゃいけないと思っていたのでしょうし。で、いざふざけてみても、その冗談が面白くないじゃないですか。現場で僕、ふざける部分を色々と足してみたんです。監督が嫌だと言って切られちゃいましたが(笑)。「僕だったらこうするんだけど」、「それは違います」って。

   私も何度か周平に「なんでこうしないのかな?」と思ったシーンが幾つかあって。例えばかつての生徒と喫茶店で対面している場面。あそこで彼女に「そのままでいいって先生は言ってくれたんだ。覚えてる?」と言われた時の周平の反応。彼女は将来に悩んでいる風でもあったから、状況的には嘘でも覚えてるって言えばいいのにと思って。でも覚えてない、と。

光石 そういうところなんじゃないですかね。はぐらかすような人じゃない。真面目がゆえに。僕なんかが言った一言が重みを増してしまうことへの妙な心配もあったかもしれないし。でも周平への苛立ちが僕はなくて。台本通りにやれば、周りの人や家族が苛立つだろうなと思っていましたけど、「もうちょっとこうした方がいいんじゃない?」と監督に言ったりはしてないですね。だってこの映画自体、企画の段階からまず僕を主人公にして、僕が本当に生まれ育った街で撮影しているわけですからね。もっと言うならば親が出ているっていう。

   あ、やっぱり。エンド・ロールでクレジットを見た時、もしかしてこの光石は……って思いました。

光石 なんかね、そっちの方が気になっちゃって。内容よりも(笑)。だって生まれ育った街で仕事をすること自体が、まず恥ずかしいことじゃないですか。しかも親の前で仕事をするんですよ(笑)。東京生まれで、いつも自宅から通って俳優をやっていれば、台本もリビングに置いてあるだろうし、台詞の稽古も親が見ているかもしれない。そんなことがある日常になっていたかもしれないけど、こっちは田舎から上京してきて、そういう日常は九州に置いてきていますからね。東京には仕事しに来ているわけで、親に一切見せていないところを40年経って……親の前で芝居をするなんていう辱めがあるとは。それも長台詞。その辱めはちょっと、内容がどうのこうのとか言う以前に恥ずかしかったです。

   あの場面はやたら印象に残っています。父親に自分が見た夢の話をしている、その時の何とも言えない表情が。最初は、独り言かと思って見ていたんですが。

光石 あの時、親父が薄ら笑いを浮かべてんですよ、ずっと。「何笑ってんだよ」と思っていましたね。もうそっち、俺の芝居が何とかよりも、親父が気になっちゃって仕方なかったんです。

   そういうのが表情に出ていたんですかね。

光石 いや、分かんないけど、親父が薄ら笑いを浮かべているのが気になって、自分がどんな表情しているかなんて全く考えていませんでした。ただ、自分の親の前でああいう台詞を言うのは、身につまされる想いはありましたよ。現実とフィクションが入り交じるっていうか、ミックスになっていく感じがありました。もしかしたら数年後、こういうことを本当に言うんじゃないか?という気もしたし。親父に自分が見た夢の話をしてもどうせ理解していないだろうから、こんな夢を見たって話したくなるかもしれない。もしかしたら亡くなったおふくろのことを、もし親父が施設に入ったら話すかもしれない。そういうことを考えてもいたから、あの時の表情が何とも言えないシーンになったのかもしれないですね。

   本当に大きく分けると、人間の表情って喜怒哀楽になると思いますが、どれにも分類できない顔でした。

光石 あぁ。それで言うならば、この映画にいた時は、喜怒哀楽のどこにも当てはまらないように演じていたっていうか。常々僕は、いわゆるモノマネされるような、「されるような」と言ったら語弊があるかもしれないけど……俳優として、マネされないようにしたい。特徴付いたお芝居はしないようにしたい。そう思ってやってきたんです。一時は特にそういうことを思っていました。だからつまり、喜怒哀楽のどこにも所属しない演技だと言ってくださるってことは、演技について話すならば、僕としてこの映画で手応えを感じます。

   朝の学校の廊下をただ歩いているシーンがありましたが、本当に何でもない表情で歩いているのがすごいなと思って観ていました。ただ歩いているだけ。

光石 いや、僕、演技の中で一番難しいのは歩くことだと思ってんですよね。何気なく歩くのが一番難しい。人は目的に向かったり、もちろん僕は教室に行くっていう目的があるんだけど、その後に起こることの前兆を示唆するような歩き方をすることもあると思うんです。だけどそれをしないようにする。だからさっきのモノマネの話じゃないですけど、それと同じで、そういうことがなるべくないようにと考えていますから、そうなっていれば嬉しいです。

   だけど不思議なのは……この映画は何気ない日常をただ切り取り、周平の言わば何でもない顔ばかり詰まった作品とも言えますが、積み重なっていくとそれこそ何かが立ち現れてくるのが面白かったです。

光石 それはやっぱり二ノ宮監督のおかげだと思いますね。そういうところをちゃんと掴まえてくれた。

   最後、元生徒に対して、「後悔せんように」とメッセージを送ります。あれは周平が自分に対して言っていたようにも思えたのですが——「後悔しない生き方」ってよく言いますが、難しいですよね。光石さんは後悔しないために何か意識していることはありますか?

光石 いやいや、日々後悔の連続ですよ。

   勝手ながら、役者業もずっと活発で、ファッションや音楽など、好きな分野のお仕事もたくさんやられていたりと、悔いのない人生を送って見えます。

光石 あぁ、人生の大きなところの流れではね。でもそれは、後悔しないように生きようと思ってそうなっているわけではないですね。日々生きていたらそうなっていただけで、「後悔しないように生きていこう」なんて思ったことは一度もないですね。

   でも大きな部分もきっと小さな選択の積み重ねで変わってきますよね。

光石 確かに。僕、どうしてきたんでしょうね? まぁでも言えるのは、僕は愉快なのが好きですから。話して分かる通り、ちょっと頭も悪いですし。熟考するようなことはあまりしないというか、避けてきた。とにかく愉快でいよう。この世界に入るきっかけも、元々はそういうきっかけで入りましたしね。

   愉快でいれば人が集まってくる。

光石 (笑)それは分かんないですけど、そうしていたいと思います。人と話していても小難しいことは言わない、笑っているだけ。だから誰かが僕を良く言ってくださることもあるかもしれませんけど、多分、僕みたいになりたいとは誰も言わないと思いますよ。「あの人はいい人ね」という程度。でもそれでいいんです。

シャツ(22,000yen) / WOOLRICH(ウールリッチ 二子玉川店 tel.03-6431-0150) ベスト(41,580yen)、パンツ(29,700yen) / 共に、POST O’ALLS(Post O’Alls NAKAMEGURO  tel.03-6303-2160) ※すべて税込

『逃げきれた夢』

監督・脚本/二ノ宮隆太郎 出演/光石 研、吉本実憂、工藤 遥、杏花、岡本 麗、光石禎弘、坂井真紀、松重 豊、他

6月9日より〈新宿武蔵野館〉他、全国公開

©️2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

 

【WEB SITE】
nigekiretayume.jp

INFORMATION OF KEN MITSUISHI

6月1日より配信予定の〈Netflix〉ドラマ『THE DAYS』、〈テレビ東京〉系にて放送中のドラマ『弁護士ソドム』、〈日本テレビ〉系ドラマ『だが、情熱はある』、公開中の映画『大阪古着日和』、『波紋』に出演。

 

【WEB SITE】
dongyu.co.jp/profile/kenmitsuishi

【Instagram】
@kenmitsuishi_official

PRESENT

光石 研 サイン入りチェキ(1名様)

 

以下のフォームからご応募ください。
プレゼントのご応募にはメルマガ配信の登録が必要です。

 

応募期限:6/23(金)まで

 

TOP