CULTURE

アンジェラ・アキが12年ぶりに再始動。ミュージカル『この世界の片隅に』の音楽を担当

MAY. 25 2024, 11:00AM

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対話 / 山崎二郎
構成&文 / 久保 泉

2014年に渡米したアンジェラ・アキが、10年経った今、ミュージカル音楽作家として日本での活動を再開することになった。〈日生劇場〉で5月9日より開幕したミュージカル『この世界の片隅に』の音楽を担当。そして、劇中歌を自ら歌い、リアレンジした楽曲も含む、全10曲からなる12年ぶりのニュー・アルバム『アンジェラ・アキ sings「この世界の片隅に」』をリリース。待ち望んでいたファンに向けて、「ただいま」と彼女が言っているようにも聞こえる。ミュージカル『この世界の片隅に』の音楽でもあるから、情景が浮かんで、これまた涙する。胸を鳴らす音楽を生み出すアンジェラ・アキは、36歳でアメリカの大学に入り直し、作曲を1から学び直したという。日本を飛び出し海外で学ぼうと思った理由やミュージカル音楽に懸ける想い、彼女の現在地などについて、長年彼女を知るバァフアウト!編集長・山崎が尋ねた。

商業的な成功というよりも、意識しておこなってきたことを成し遂げたという実りを感じます

   10年前にアメリカへ移られて、大学に入学。学び直そうと思ったのは、前から思っていたことですか? それともだんだん思い始めていったのですか?

アンジェラ だんだん思っていった感じです。日本での活動を終える2年くらい前に、友人の小説家と、彼が書いた小説をミュージカルにしようと言って曲を作り始めていたんですよ。

   そうだったんですか。

アンジェラ 彼は、30カ国語に訳されているくらい大ヒットした小説の著者だったから、ミュージカルでも成功するんじゃないか?と彼のエージェントやマネージャーに言われて、「一緒にやらない?」と声をかけてもらいました。でも、作れば作るほど、今の自分の技量では成し遂げられないほどの大きなハードルを感じて……。結局、自分が思い描いているミュージカル音楽作家にはなれないし、作品も作れない、と伝えました。何が足りないか?といったら、技術の面だったんですよね。才能じゃなくて、単純にスキルの問題だと思って、これはもう音大に入って1から学ぶしかないと感じたんです。で、活動しながら日本の音大に行くことも考えていたんですけど、誰も自分のことを知らない場所に行って、大学1年生のフレッシュマンとして勉強するべきだと思うようになりました。たまたまその時期に、アメリカの名プロデューサーのグレン・バラードさんと知り合うことができ、相談してみたんです。そうしたら、「南カリフォルニアの大学が、あなたがやろうとしていることを一番学べると思うよ」と言ってくれて。それからLAに行って、4年の作曲のコースを2年でできるように(授業内容を)凝縮していただき、先生たちや学長さんと、どのクラスを受講すればいいかという話までさせていただいて。それで大学に入ることができたんです。

   ラッキーというか、むしろ、必然的に出会った繋がりで。

アンジェラ 本当に。

    日本にいたら誰もが顔や存在を知っている中で、アメリカに行って、誰も自分のことを知らない1人の人間に戻れたというのは、新鮮だったんじゃないですか?

アンジェラ 新鮮過ぎて、今は知られていることに違和感があります。知られていることを忘れてしまってノーマスクで電車に乗るんですよ、普通に。この生活ができてすごくありがたいです。というのも、この仕事は「ちょっと喉が渇いた」と言ったら、水が差し出してもらえるような世界で、それはちょっと違うかな?と思い始めていたのもあって。自分にとって、人間的に成長するタイミングなんだろうなと思いました。

    実際にカリキュラムは2年間で全部おこなったのですか?

アンジェラ はい。加えて、サマー・スクールにも入って、凝縮してもらいました。その後、この勉強もやった方がいいんだというのが分かってきて。〈バークレー(音楽院)〉だったり、〈NYU〉のブロードウェイ関係の特別クラスと、さらにもう2〜3年勉強漬けでした。だから、5年はずっと勉強に明け暮れていたかな。

    年下の友達もたくさん増えました?

アンジェラ 映画音楽を受講した際、映画音楽史の授業で『タイタニック』の話になって。1人の女の子が「私のお姉ちゃんは映画館で観たんですよ」と言うと、みんながうおーって盛り上がったんです。私は当時大学生で、デートで観に行っていたので、知らんぷりしていました(笑)。20歳下の子たちだから、そういうこともあるだろうなと。大学院生のふりをして、日本で何をしていたかとかはもちろん言わずに、一緒に勉強した毎日は本当に楽しかったです。

    新しい人間関係が増えたのは財産ですね。

アンジェラ みんながどんな音楽を聴いて、何にハマっているか?が知ることができたし、面白くて。

   5年間大学に通った後は、実際にソングライティングをおこなっていた期間ですか?

アンジェラ 残りの5年間の中でも、このクラスをやった方がいいなとか、ブロードウェイ・ミュージカルの脚本の書き方のクラスも取ってみました。昼に制作して、夜に勉強をする。その間に楽曲提供も色々してという5年間でした。

    『この世界の片隅で』のストーリーのファースト・インプレッションはどうでしたか?

アンジェラ こうの史代先生の原作漫画も読みましたし、映画も観ました。そして上田一豪さんの脚本を読ませてもらったんですけど、私は元々、温かい昭和の話が大好きなんですね。ドラマ『北の国から』とか漫画『三丁目の夕日』とか。日本独特の家族観やコミュニティにものすごく惹かれていて。徳島の長屋で育ち、親戚や近所の人たちにアドヴァイスをもらいながら、時には注意されながら、みんなに育てられた感があるんです。だからこそ、自分の居場所ってどこなんだろう?と模索していくストーリーに、ものすごく共感します。あと、上田一豪さんは日本でも評価が突出している演出・脚本家だと思うんですけど、彼の脚色の仕方が  映画でもなく、舞台のためだけに作られたストーリー構成に、すごくインパクトを受けて。これはぜひ音楽を付けてみたいと思いました。触発されましたし、感銘を受けました。

    昭和初期の設定なのに、2024年の今に提示していくものに仕上がっているという?

アンジェラ そう。「このストーリーは今の時代に必要なものだと思いますか?」という、ブロードウェイのミュージカル作品に携わった人へのインタヴューをよく見るけど、ちゃんと答えられないとやる意味がないんですね。今の時代に、普遍的な居場所を探し、自分という欠片がこの世界の片隅にあることが、どういう意味をもたらすのか? そして、そのブランクを埋められるような作品にしたいと、上田さんと話し合いました。

    意味がある再プレゼンテーションをおこなうところが、上田さんの素晴らしいところですよね。通常のご自身のアルバムと違って、劇中歌というのは全体をまず俯瞰して、そこからパートごとに分けて見ていくものですか?

アンジェラ 台本をもらった時に、どこから手を付けようかな?と考えます。基本的にオープニング・ナンバーは、メイン・テーマみたいなもので一番難しいんですね。どのミュージカルでも、何度も書き直します。だから、1曲目からやるのでなく、私の中で一番響いたシーンから作り始めました。メイン・キャラクターであるすずと周作の主人公2人が、劇中で一番恋しい、温かい、愛おしい時間を過ごすシーンの「醒めない夢」から作ってみようかと。で、素敵な曲に仕上がったので、「こんなトーンなんですけど、どうですか?」とみんなに聴かせたら、「いいね」と反応をもらえて。全部大事なんだけど、その中でも大事な部分から手を付けていった感じ。それで5、6曲目ができた後、オープニングでメイン・テーマの「この世界のあちこちに」を仕上げました。そこからは、どんどんまとまっていた感じです。

    聞いている限り、すごく時間が掛かったように見受けます。

アンジェラ 2021年から2年かけて30曲作りました。上田さんとやりとりをして、じっくり。出来上がった30曲を役者さんに歌ってもらい、客観的に聴く機会をいただけたので、そこからさらに書き直しをしました。「このコーラスの在り方はちょっとダメだ」とか、自分でちゃんとダメ出しができて、もう1年さらに制作をして。だから3年越しで、今まさに、開幕しようとしているんですよね。

   自分のポップ・アルバムだったら、ソングライティング、レコーディングをして終わりですが、制作者、演者とやりとりをしてまた変えるということを繰り返したわけですね。

アンジェラ そうです。だから、フィードバックがすごくありがたくて。曲を提出すると上田さんが「これはたぶん、3つ先のシーンで、登場人物が辿り着く心情なんですよ」などと教えてくれるんです。確かにそうだなと納得できるので、その瞬間は登場人物になりきりながら、その人のフィルターを通して作っていく。でも、なりきる作業はすごく面白かったです。自分のアルバムは自分になりきるというか、自分でしかないじゃないですか? 私のフィルターを通した主観がこれ、みたいな。だけど、今回は目線が違うから、私の目線が入っちゃった場合は、常にダメでした。それを上田さんはちゃんと止めてくれて。やっぱり、私の頭は、「いい曲にするために」みたいなものが入っちゃっているから。それに対して「この瞬間をベストなものにするためには、そうじゃない」という軌道修正が幾度もありました。

   ポップ・ソングだとストーリーで描きますけれど、今のお話を伺ったら、求められているものがよりモーメントなんですね。でも、ソングライターの本能として、ストーリーに仕上げたくなっちゃうじゃないですか?

アンジェラ そう、ストーリーになっちゃう。でも今回はリアルタイムなんです。噛み砕いて、消化して、もう1回吐き出して、考えて、咀嚼して……。そのプロセスを客観的な歌詞で歌っちゃいけないんですよね。

    上田さんとのやりとりは、有意義でしたね。

アンジェラ 本当に素敵なパートナー。私たちの作った曲たちは、彼の言葉がなかったら1曲たりとも生まれてきていないですから。人生はやっぱり学びだなと改めて感じます。1つひとつのプロジェクトが学びに思えるのは、本当に素敵なことですよね。

    アルバムの「醒めない夢」、「言葉にできない」は、海宝直人さんとアンジェラさんのデュエットになっているんですけれども、2人の声質の相性がすごくいいんですよ。一歩引いているアンジェラさんの立ち位置も、すごく新鮮で。

アンジェラ それは嬉しいですね。開幕の日まで、このアルバムの曲たちはギリギリまで変えていくかもしれないです。再演じゃなく、オリジナル・ミュージカルで作っているから。みんなで同じ生きものを育てている感じがして、それが本当に楽しいです。

    今までの環境を捨てて、新しい場所で1から10年かけてやってきたことが、今、ちゃんと実るっていう。素晴らしいストーリーで、感動いたしました。

アンジェラ 本当ですか? ありがとうございます(笑)。どんなまとまり方をするかは分からないけど、でも自分の中では確実に何かが実っている感覚があります。商業的な成功というよりも、意識しておこなってきたことを成し遂げたという実りを感じます。

ミュージカル『この世界の片隅に』

脚本・演出/上田一豪

原作/『この世界の片隅に』こうの史代『ゼノンコミックス/コアミックス』

音楽/アンジェラ・アキ

出演/昆 夏美、大原櫻子、海宝直人、村井良大、平野 綾、桜井玲香、小野塚勇人、小林 唯、小向なる、音月 桂、他

5月9日〜30日まで〈日生劇場〉にて上演

 

【WEB SITE】

www.tohostage.com/konosekai

『アンジェラ・アキsings「この世界の片隅に」』

発売中

〈レガシープラス / ソニー・ミュージック・レーベルズ〉

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