維新の嵐が吹き荒れる江戸末期。アメリカの南北戦争の終結により解放された黒人奴隷たちは、ひょんなことから日本の小藩へと漂着した。そんな折、好奇心旺盛な藩主・大久保教義(千葉雄大)は彼らと出会い、彼らが奏でる音楽の虜となっていく。次第にその輪は広がり、やがて城中を巻き込むほどのジャム・セッションが繰り広げられるのだった 人種や文化といった枠を飛び越え、音楽に狂乱する人々の姿を描く筒井康隆の傑作小説『ジャズ大名』を、主演に千葉雄大を迎えて舞台化。ポスター・ヴィジュアルの躍動感にも表れているように、音楽にただ身を預け没入する登場人物たちの熱がこちらにも伝播するようで、閉塞的な世界から連れ出してくれるのではないかという期待は膨らむばかりだ。
かなり個人的な話にはなってしまうが、千葉雄大は、「こういう人になりたい」という理想を体現している貴重な存在だ。気前が良くいつだってニュートラルで、自身にも周囲にも嘘なく生きる、穏やかな活力の持ち主。形や慣習に囚われない大久保役に息を吹き込む俳優が千葉であることに何の疑問も浮かばなかったのは、役を立体的に表現できる技量のみならず、彼自身が、好きな物事に対してとことん愛情を傾け妥協なく突き詰めていけるからだろう。
また一段と素敵になり人間味が増した千葉に、じっくり話を訊いた。
バァフ 千葉さんとお会いするのは、バァフアウト!本誌で取材させていただいたミュージカル・ゴシック『ポーの一族』以来なのですが、実はこの2年ほどの間、(『ポーの一族』主演の)明日海りおさんとお会いする度に千葉さんのお話をしているんです。
千葉 えっ、明日海さん……!?
バァフ 千葉さんのアラン役、素敵でしたよね〜といったことをご本人不在のところで(笑)。それだけに千葉さんのミュージカルの再来を待望していたのですが、今回の『ジャズ大名』は音楽にまつわる作品、かつ同名映画はソウルフルで爆発力に溢れていたので、千葉さんがこの世界観に入るとどうなるのだろう?と楽しみでならないです。今回は新たに原作小説から上演台本を書き起こされるそうですが、お稽古前の現時点ではどのように想像されていますか?
千葉 台本を読んでいると、どう表現するのかな?と思う箇所がたくさんありますし、稽古が楽しみな段階ではあるのですが、話的にはすごくシンプルですよね。今の日本って、場所によっては外国に来たのかなと錯覚するほど外国の方が多くいらっしゃる風景が当たり前のように広がっていますけど、外国人を見たことも触れ合ったこともない江戸の末期に、音楽好きの藩主がジャズを共通のツールとして黒人とコミュニケーションを取っていく、その奇想天外さがまず面白いなと感じました。
バァフ 千葉さん演じる藩主の大久保教義は、好奇心旺盛で常識に囚われず、好きなものに対してとことん突き進む人物かと思います。昨今多様性を叫ばれますが、同時に誰かの物差しで測られたり逸脱しちゃいけない空気もあるじゃないですか。そうした時に「もしも幕末の時代にジャズがあったなら」というテーマを主軸に、自由で創造性を散りばめた本作は、心を軽くする手助けになるのではないかなと。
千葉 そうだなぁ、そこまでのメッセージ性を届けられるかはまだ分からないですけど……。
バァフ 深読みしすぎですかね(笑)。
千葉 (笑)でもそれで言うと、当時は常識を外れて自分のしたいことを貫くと殺されるみたいな時代でもあるわけで、今は別にそういうことをしても殺されるわけじゃないから、好きなことを純粋に好きだと言える時代ではありますよね。ただ一方で、制限や評価みたいなものは付き纏う。難しいですよね、多分、過渡期なのだろうなと思うから。過渡期って混沌としますし、何かしらまた変わっていくんじゃないかなと思うけれど、面倒くさく考え過ぎだとも思います。
僕、多様性って言葉が苦手なんですけど、多様性の意味として広がっているものがステレオタイプすぎて、意味が分からなくなっているというか。「尊重するためにこれを言っちゃいけない」とかじゃなくて、きちんと相手とコミュニケーションを取れば分かることだと思うんですよ。例えば誰かが失言して相手を傷付けたなら、「本当にごめんね」と素直に謝ればいいだけの話であって、これは言っちゃいけないとか勝手な憶測で我慢して鬱憤が生まれて、今度はそれを発散するために別のところへ悪い気が流れていってしまう。悪循環ですよね。そういう面倒くさいことをしちゃう人たちが多い印象だけど、僕の身の回りにはそういう人たちはいないです。関係を持たないようにしているというか、見ないようにもしていて。
バァフ 心地良い環境を整えるために自らそういう方向へと作っていった今、といった感じですか。
千葉 そうですね。嫌なことをする人とは付き合わないんです(キラっとした笑顔で)。
バァフ 眩しい! 距離の取り方って難しいけれど、きっと千葉さんは相手を傷付けることなくそっと離れていかれるのかなと思います。作品のお話に戻ると、現時点では役をどうやって色付けしていこうと?
千葉 大久保さんは周りの意見を無視して突っ走るというよりも、要所要所で発信していく力、そして周りの声を聞く力がある人なのかなと思います。結構ぶっ飛んだ掛け合いとかも出てくるようなので、そこのバランスが大事になるのかな。「まあ良いではないか」と言える柔軟性と、違うものは違うとぴしゃりと言える人でもありますし……稽古に入れていないので想像でしかないですが、その時代にしては変わった人なのかもしれない。変わった人というか、純粋かな。
バァフ 純粋さって、例えば子供のように常識や経験が備わっていないほど、異質なものを自分の中に取り入れたり未知の世界に飛び込むことに抵抗はないけれど、歳を重ねるごとに 変わらず好奇心旺盛な方はもちろんいらっしゃいますが その純度は失われていくように感じます。千葉さんはいかがですか?
千葉 仕事に於いては好奇心で進むことが多いかもしれないです。自分ではよく分からないなと感じたものでも、周りの人から「絶対にこれは合うと思うよ」と言われれば、じゃあやってみようかなとなりますし。自発的ではないかもしれないけれど。普段の僕はどちらかと言うと、好きなものしか吸収しないから。
バァフ 千葉さんは監督業もされていますが、(『アクターズ・ショート・フィルム2』のプロジェクトにて『あんた』の監督・脚本・出演を担った)監督の立場となると、俳優とは違う部分での視点や、多くのことへの意識を求められるかと思います。そうした時に、私生活では自分の好きなものだけで固めてきたけれど、少し間口を広げてみようなど何かアクションは起こされましたか?
千葉 なかったです。多分できない人だと思います。過去に「趣味とか持つといいよ」と言われることもあったんですけど、何かをするために趣味を作ることに疑問を感じたし、一度はトライしてみたけど熱中できなくて。その時その瞬間に「今の自分はこれが好き」と感じるものを突き詰めるタイプなので、何かのために吸収する作業は向かないんですよね。実はそういうことも考えなくていいのかもしれないし。間口を広げようとした時に出会えるものもあるけれど、行動するってことは疲れも伴うから、疲れてまで我慢する必要もないなと。外(仕事)ではそういうことをしているからですかね。僕、外ではマジで間口をめちゃくちゃ広げて何でもやるんですけど、「自分の時間は自分のためだから」と割り切っているので、そこを犠牲にしてまで何かをする必要はないなと思います。
バァフ 俳優さんの中には、それこそ私生活でも身を削ってじゃないけど。
千葉 ですよね、本当にすごいと思います。僕は仕事として捉えているから、また別なのかもしれない。もちろん自分だけの時間だからって、台本を覚えたり仕事に必要な準備は一切怠らないですが、そういうこととは別に。
バァフ 『YouTube』で配信中の千葉さんのラジオ(『千葉雄大のラジオプレイ』)を毎回楽しく拝見しているのですが、就寝と起床時間が年々早くなってきたお話だったり、『Instagram』でアップされている手料理の中で、発酵食を摂取されていたりと最近の千葉さんのライフ・スタイルが興味深くて。と言うのも、窪塚洋介さんや斎藤 工さんなどクリエイターの方々が腸活をはじめ健やかな生活環境作りへとシフトされているお話を見聞きするので、もしかして千葉さんもクリエイションに於いて、心も身体も軽やかでいるためにシンプルなものを好まれているのかな?なんて。元々の生活を存じ上げないので完全に妄想ですが。
千葉 いえいえ、恐れ多いですし、今現在はその生活をしているだけといった感じです。ワンちゃんを飼いはじめて生活リズムが変わったことが一番大きいんですよ。夏はすぐ暑くなるから早朝に散歩に行きますし、そうすると1日が長いので、夜も早く眠たくなっちゃうしっていうのが軸にあって。健康に気を付けた食事は確かに意識しているけど、変わらず飲みにも行くのでメリハリはつけています。それこそ仕事と遊び、じゃないけど。思考や感覚を繊細にするために、とかでは全然ないです。あ、でも肌は綺麗になったか。
バァフ 先程のお話と無理に結び付けるつもりもないんですけど、自分の心に正直に生きるスタンスもそうですし、年齢を重ねて本当に必要なものだけをより繊細にピックアップしていらっしゃるのかなと。ご本人が理想とする姿形に近付いていくというか、元々のナチュラルさに近年さらに磨きがかかっている印象です。だから今回の撮影も、ただそこにいるだけでふわっと温度を感じる千葉さんの美しさを、シンプルに写したいなと思いました。
千葉 う〜ん、まだ34歳だから自分がどういう状態なのか分からないけれど、きっと死ぬ時に分かるのかも(笑)。自分の“好き”を発信し続けて安心を得るからには、責任を持って突き詰めないといけないし、大事になってくる部分だとは思います。段々と自分で物事を決めなければいけないシチュエーションも増えてきたので、自分1人で考えるよりも、周りの人に「こういうことをやりたいんだよね」と話して意見を聞く機会も増えましたし。やりたいことをやる上で、無理をしなきゃいけない、頑張らなきゃいけないことがあるのは当たり前で、そこは「いや、自分が無理してまでも」とは絶対に思わない。だからこそ、家に帰ってワンちゃんと過ごす時間とかが自分にとってすごく大事で。普通が嫌だなと思ってこのお仕事を始めましたが 結局普通が何かよく分からないけれど 人間としての生活が普通なのだとしたら、その普通の時間を過ごせている今が一番尊いと感じるところに返ってきた感じでしょうか。
バァフ 千葉さんが言う「分からない」って言葉が個人的にとても好きなのですが、それこそ『ポーの一族』の取材も、お稽古前のタイミングだったので手探りの中で色々とお話してくださって。「アランをどう演じられるか分からないです」と仰っていたんですけど、分からない中にもどのようにアランを捉えようか、向き合おうか、千葉さんの心が真っ直ぐにアランへと向いているのが見えて深い愛情を感じたんですね。千葉さんの「分からない」は、決して突き放したり思考を止めた言葉ではなく、責任を伴った「分からない」でもあって。
そして本番はもちろん、明日海さんと盛り上がったくらい本当に素敵なアランと出会えたのですが、ご本人的にはお話を伺った当時からどのような変化があったのか、最後にぜひお聞きしたいです。
千葉 文字に血を通わせるのが僕のお仕事だとしたら、血が通い始めたのはおそらく初日だったと思うし、血が通い始めたってことは強そうだけど、実は血が流れている繊細さもあって……この人はこういう人、みたいな要素が次第に増えたと言いますか。決してそこで役を掴めたわけではなくて、じわじわと浸透していく感覚でした。歌にしても、初日と最後だと全然違うと周りの方に言っていただけたので、自分が意図しなくても変わってくるものがあったのだろうなと思います。今回もまた、キャストの皆さんとのセッションを経た変化が絶対に出てくるでしょうし、そこは自分でも楽しみですね。
シャツ(59,400yen)(税込) / th products(TARO HORIUCHI)
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『ジャズ大名』
演出/福原充則
原作/『ジャズ大名』筒井康隆(『エロチック街道』〈新潮文庫〉所収)
出演/千葉雄大、藤井 隆、大鶴佐助、山根和馬、富田望生、大堀こういち/板橋駿谷、北尾 亘、永島敬三、福原 冠、今國雅彦、佐久間麻由/ダンテ・カーヴァー、イサナ、モーゼス夢、他
12月9日〜24日まで〈KAAT神奈川芸術劇場 ホール〉、2024年1月7・8日〈神戸文化ホール〉、1月13日・14日〈刈谷市総合文化センター〉、1月20日・21日〈高槻城公園芸術文化劇場〉にて上演
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INFORMATION OF YUDAI CHIBA
ラジオ番組『オールナイトニッポン』の55周年を記念し昨年3月に上演・配信された主演ドラマ『あの夜を覚えてる』が、〈WOWOWオンデマンド〉にて10月9日〜23日14時まで期間限定配信。
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