『第70回アカデミー賞』で歌曲賞と音楽賞にノミネートされたアニメ映画『アナスタシア』に着想を得て制作された舞台『アナスタシア』は人気を博し、これまで世界各国で上演されてきた。そしてここ日本でも、2020年に晴れて上演となったが、コロナの影響でわずか14回のみの上演に。その幻の舞台が、本国のクリエイティヴ・スタッフと日本公演キャストで再びステージの幕をあける。主人公アーニャを演じるのは葵 わかな(木下晴香とのダブル・キャスト)。
20世紀初頭、帝政末期のロシアで、ロシア帝国皇帝ニコライ2世の末娘として生まれたアナスタシアは、パリへ移り住み離ればなれになってしまった祖母マリア皇太后からもらったオルゴールを宝物に、家族と幸せに暮らしていたが、突如ボリシェビキ(後のソ連共産党)の攻撃を受け、一家は滅びてしまう。数年後、街中ではアナスタシアの生存を噂する声が広がり、パリに住むマリア皇太后は、アナスタシアを探すため多額の賞金を懸ける。それを聞いた2人の詐欺師ディミトリとヴラドは、アナスタシアによく似た少女アーニャを利用し、賞金をだまし取ろうと企てる。肝心のアーニャが記憶喪失のまま、何とか3人でパリへと旅立つのだが——。
「私が22から25歳になって、自分という人間が少し大人になった分、アーニャの気持ちを以前とは違って捉えることができるようになった気がします」と葵が語っていたように、今回はその「変化の部分」も楽しみたいが、昨年上演した舞台『冬のライオン』の王女役でも感じ入ったことだが、葵という女優が持ち合わせた気品や清楚さ、どこか憂いや悲しみを湛えた佇まいもぜひ多くの方々に感じてほしいと思う。年齢やキャリアを重ねても少しも失われることがない彼女の魅力の1つだからだ。
バァフ 再演の話はいつ頃からあったのですか?
葵 前回の公演が中止になった時くらいから、「再演はやりたいね」という話は出ていました。初演は東京の14公演のみしかできなかったんです。
バァフ 渦中のことを今どう振り返りますか?
葵 舞台稽古まで終わって、いざ本番という初日の土日に、東京都から移動制限が出て。海外クリエイティヴの方が来ていたのですが、出入国制限が出てしまうからと、初日を観ることなく皆さんが帰ってしまって。残念でした。初日は開けることはできましたが、始まっては止まっての繰り返しで、公演の体制自体も、お客様次第で来なくても、当日キャンセルして良いですよ、という状態だったので、公演が進むにつれてお客様が減っていく様を目の当たりにしました。「こんなことが起きるんだ」とびっくりしました。舞台が中止になってしまう悔しさもあったけど、当時はコロナが今よりも未知で怖かったですし、続けるべきか、続けない方がいいのかも分かりませんでした。私たちはやっていましたけど、完全に中止にする舞台もありましたし、「不要不急」というワードも世の中に出てきていたので、「自分たちの仕事って何だろう?」、「存在意義って何だろう?」とまで考えたりもしました。なので複雑な気持ちはあったのですが、明るい作品だったお陰で、その気持ちに引っ張られすぎず、やり切りました。ただカーテンコールの時、すごく切なかったです。
バァフ 日に日にお客さんが減っていくのは辛いです。
葵 仕事ができることは当たり前じゃないんだなと感じました。でもあの時期に舞台をやっていたから知ることのできた気持ちなので、今となっては貴重な体験をさせてもらったなと思っています。
バァフ その経験を今回、どう活かすか?っていう。
葵 はい。やっぱり、この作品を観にきてくださる方にちゃんと届けたいということ。それが当たり前ではないのだという認識を持った上で臨みたいです。今だって終わってしまう可能性もあるわけですし。まずはちゃんと全部やりきりたい、という気持ちが強いです。
バァフ 台本を読ませてもらいましたが、めちゃくちゃドラマチックですよね。改めて、激動の時代を生きたアーニャをどう捉えていらっしゃいますか?
葵 アーニャのキャラクター像が、最初の方は特に泥臭いところもあるのですが、自分で人生を切り開いて、最後にあのような選択をするってすごいことだなと思いました。そして、そんな力強い女性像はむしろ今っぽいのかなと私は思いました。女性にも選択肢はあるということ。今までのプリンセスって、王子様に選ばれる、救ってもらうというパターンが多かった気がするんですが、例えば『美女と野獣』のベルもそうですし、『アナと雪の女王』のエルサもそうですが、最近のプリンセスたちはみんな自分で道を切り開いていくから。
バァフ 確かに。でも今の時代を現実的に生きざるを得ない我々からすると、やっぱりロマンティックな選択だなと思ったりもします。ロマノフ家にまつわるフィクションは映画やドラマでこれまで多く描かれてきました。何かご覧になったことはありますか?
葵 〈Netflix〉でちょうどロマノフ家を描いたドラマ(『ラスト・ツァーリ ロマノフ家の終焉』)があったんです。どちらかというと暗いお話で、ロマノフ家がボリシェビキ、革命によってどう終わるのか?を描いていて。ドラマ『ザ・クラウン』のロシア版じゃないですけど、ああいう感じのトーンです。私は残虐なシーンを見たかった——というと語弊がありますが(笑)、今回の舞台では描かれていませんが、アーニャがどんな過去を抱えているのか? どんな闇を見たのか?を自分の中でしっかりイメージできるように、明確にしたかったんです。革命のシーンがよりリアルに感じられるように。
バァフ そんなアーニャをどう表現したいですか?
葵 彼女の魅力の1つは力強さですが、私は強い人にこそ弱い部分があるとも思っていて。アーニャには、記憶喪失や残虐な過去がある。自分が同じ立場なら正気を保っていられるかな?と思うくらいの鮮烈な体験だったと思います。それを背負いながらもひたすら前に進もうとしているアーニャはいじらしいし、応援したくなる。演じながら背中を押されるキャラクターなので、作品の中では強い部分が多く出てきますが、彼女の影にこそ魅力が隠れていると思うから、初演の時もそうでしたが、そこをどう立体的に見せていけるか?を考えています。
バァフ 初演にはない伸び代や成長の部分はどこにあると思いますか?
葵 やっぱり3年経ったということが大きいと思っていて。22歳の自分が演じたアーニャは、無我夢中で人生を駆け抜けた感じでしたが——実際彼女が何歳だったかは明記されていないのですが仮に25歳だとして——25年間までの記憶がないことに対して、当時は「そんなの嫌だ、許せない」と思っていたけど、今の私が捉えるなら、25年間の記憶がないことにどこか納得してしまっているところ、年を重ねたことで諦めの気持ちもあったんじゃないかな?と思ったりしていて。私が22から25歳になって、自分という人間が少し大人になった分、アーニャの気持ちを以前とは違って捉えることができるようになった気がします。世界各国の『アナスタシア』でアーニャをやられている女優さんって、30歳を超えている方が多いのですが、だからこそアーニャのバックボーンの膨らみが違うのかなとも思います。今回、再演の良かったところはそこもあります。
バァフ 先程アーニャには残酷な記憶があるとおっしゃりましたが、昔の辛い記憶がフィードバックするシーンをいかに観客にまで想起させるか? そのお芝居の難しさはやはりあるのではないかと思います。
葵 難しいですね。記憶がないのでどういうことが起きたのか、本人自体、曖昧なところもありますし。ロマノフ家の歴史を知っている方はイメージが湧きやすいかもしれませんが、すべてのお客様に伝えきれないようなところもあるかもしれません。それは前回も難しいところでしたが、一貫性のある恐怖を感じていないといけないなとは思っていました。表情やアクションで表現する時に、自分の中で明確な映像、イメージを持っておく必要があると思ったので、先程お話したようなドラマを観たりして少しでもイメージを沸かせていました。
バァフ そんなアーニャの前に2人の男性が現れます。ドキドキする恋愛とは違った繋がりを感じましたが、彼らとの関係性はどう捉えていますか?
葵 アーニャの考え方の中心には、「どう生きるか」、「自分の人生とは」というものが太くあるので、今を生きる方々が「この人、好き」と思うような気持ちとはまた違った感情を持っていたのだと思っていて。ディミトリとヴラドと過ごしていくにつれて、彼らは戦友、同志のようになっていく。恋もあるけど愛もある。絆が生まれていくんですよね。なので、演出家の方には前回の時も、稽古で「まずこの3人が家族のように、親友のようにならないといけない」と言われたのは覚えています。
バァフ 色々とお話を聞いていると、どんどん自分の考えをはっきり持たれていっている気がします。今、この仕事に対してどんな気持ちで取り組まれていますか?
葵 やっぱりずっと思っていることですけど、やればやるほど好きになる仕事だなと思っています。知らないことしかなくて、知らないことしか出てこない。常に壁はあるし、常に新しいし、常にいろんな人との出会いがある。歳を重ねれば重ねるほど、感じています。辛いこともありますが、終わった時にはそういった出来事が良い経験として飲み込めるようになってきました。
バァフ 近年で一番、「これは辛かった、けれどすごくやり甲斐があった」という仕事は何が浮かびますか?
葵 去年やった2作のストレート・プレイは両方大変でしたが、特に『冬のライオン』は何かに取り憑かれたように、常に脅迫されている気持ちで演じていましたから、終わった時、「終わったー!」と思いました(笑)。
バァフ 佐々木蔵之介さんや高畑淳子さんなど、錚々たるキャストがまたすごかったですし。
葵 はい。(演出の)森(新太郎)さんを中心に、みんな森さんに脅かされるような感じでやっていて(笑)、稽古含めて辛かったですが、あんなに情熱のある演出家さんはなかなかいないなと思うし、大変な現場だった分、あれを経験した自分は前より何倍も強くなったはずだと心から思える現場でした。もっとお芝居が好きになったし、お芝居の可能性がより見えた気がしました。またやりたいな、ご一緒したいな、と思うから不思議(笑)。
バァフ 苦労が大きくとも、達成感や充実感がすごく大きければ、そういった経験は病みつきになりそうですね。
葵 あ、そういうことなんですかね? あんなに辛かったのにまたやりたいと思っていますもん(笑)。
バァフ (笑)キャリアを重ねて成長もされていくと、ご自分の中の理想や基準が上がり、作品選び含めて、どんどんハードルが高くなっていきませんか?
葵 それはありますね、そういった気持ちは出てきています。でも逆に、そういった時に元のところに戻ると、改めて役を俯瞰して見られたりもします。4月クールのドラマ『Dr.チョコレート』にカンパニーの一員として出せてもらったのですが、以前の自分だったら気付かなかった役の魅力、作品に対して自分が果たせる役割、どんなポジションでいればいいのか?など、違った見方ができた気がしました。だから意外に、どこに立ち帰っても、経験したことは無駄にならない、前進しているんだなぁと思います。
バァフ やってきたことをそうやって俯瞰して客観的に考える作業は、普段からやられているんですか?
葵 普段からよく考えるかもしれません。作品に入る時に、自分は今回どういう役割なのか、どういう立場なのか。この作品を経て自分は何を得たいと思っているのか? ぼんやりでも構想を持って現場に入ります。やりながら分からなくなる時もありますけど、全部が終わって振り返ると、「入る前はこう思っていたけど、実際はこうだったな」とか「これは最初に思った通りだったな」とか「あれはクリアできたな」とか、振り返りと反省をいつもしていて。しようと思ってしているわけじゃないですけど。もちろん、何も考えず飛び込んだ方がいい現場もあると思うのですが、私は考えるのが先行しちゃうタイプ。だったらとことん考えてから臨みたいなと思っています。その方が自分にとってはやりやすいので。
バァフ 今回の現場では何をもぎ取りたい、何を得たいと、現時点では考えていますか?
葵 1つは、ミュージカルが久々の2年ぶりなので、歌の表現のレヴェル・アップを図りたいと思っています。前回すごく難しく感じてしまったので、今回はもっと曲に寄り添って、音楽的な表現はもちろん大事ですけど、曲とどう寄り添うかで役の表現も変わってくると思うので、そこにチャレンジし直したいです。あと私、再演が初めてなんですね。同じ役をまたできる経験が今後あるか分からないし、前回の自分と比べて、今はこういうことができるな、と思うことがたくさんあると思うので、それを見つけていきたいです。逆に失っているものもあるかもしれないけど、再演ならではの何かしらが経験できたらなと思っています。
バァフ 大人になる、キャリアを重ねると、失うものも確かにあると思いますが、葵さんに関しては奇跡的にというか(笑)、失わないルートを辿ってきている気がします。このまま失わずに進んでいってほしいです。
葵 本当ですか(笑)。そう進みたいです。でもやっぱり、これはみなさんそうだと思いますけど、「1回目」のことって少なくなってきますよね。自分の気持ちの持ち方次第で、いつでも新しいことを見つけられると思いますが、新鮮さを失わずにいろんなことに挑戦する難しさはあるなとは思っていて。1回目のあの時の感覚、例えば、初舞台の『ロミオ&ジュリエット』の時の自分はもう出せないだろうし、自分としても見たくないのですが(笑)、初めての良さがあったかもしれません。『わろてんか』の時の自分も、あの時にしかできなかったことばかりだろうし。そう思うと、経験はすごく力になるけど……大人になるってそういうことなんですかね。
バァフ いやでも本当に、葵さんは変わらないな、と思います。お仕事以外で充実させたいことはありますか?
葵 いろんな人と会う機会が最近また増えていて。会える状況になったので、プライヴェート含めて、何年ぶりに会う人もたくさんいて。そういう時に、「私はまだまだ知らないことがいっぱいあるんだな」と感動しているんです。私は頭でっかちなので、頭で分かったように感じてしまうことが、なるべくそうならないようにはしていますが、やっぱりあって。そういう時、水をかけられたような気持ちになります。ありふれたことかもしれませんが、いろんな方のお話を聞きたいなと思います。あと、先月久しぶりに祖父と山登りに行ったんです。〈コロンビア・スポーツ〉さんとの撮影時にいただいたウェアを今も使わせてもらっているので(2019年に『バァフアウト!』でコラボ企画を実施)、それを着て行ったのですが、本当に自然って素晴らしいなと思って。また世界に出ていける状況になってきているので、新しいものをもっと見に行きたいなと思っています。とにかく動き出したい、そんな気持ちで今いっぱいです。
ミュージカル『アナスタシア』
出演/葵わかな・木下晴香/海宝直人・相葉裕樹・内海啓貴/堂珍嘉邦・田代万里生/大澄賢也・石川 禅/朝海ひかる・マルシア・堀内敬子/麻実れい、他 9月12日〜10月7日まで〈東急シアターオーブ〉、10月19日〜31日まで〈梅田芸術劇場メインホール〉にて上演
【WEB SITE】
INFORMATION OF WAKANA AOI
〈日本テレビ〉系ドラマ『Dr.チョコレート』のBlu-ray&DVD-BOXが11月22日に発売決定。
【WEB SITE】
www.stardust.co.jp/talent/section1/aoiwakana
【Instagram】
【twitter】