CULTURE

『ケイコ 目を澄ませて』の三宅 唱監督が、松村北斗、上白石萌音と紡ぐ新作『夜明けのすべて』

FEB. 6 2024, 11:00AM

撮影 / 市川タカヒロ 
文 / 岡田麻美

映画『きみの鳥はうたえる』や『ケイコ 目を澄ませて』などの作品が国内外で評価を受ける三宅 唱監督の新作『夜明けのすべて』は、日常に一筋の光が射すような、優しさが心に染み渡る物語だ。本作は、温かみ溢れる作風で数々の文学賞も受賞している、瀬尾まいこの小説を映画化したもの。

 

月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さん(上白石萌音)はある日、同僚の山添くん(松村北斗)の小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。しかし、やる気がなさそうに見える山添くんもパニック障害を抱えていて、様々なことを諦め、生きがいを失っていた。友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく2人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。

 

PMSやパニック障害はすぐに命を脅かす病ではないが、不意に発症し穏やかな日々を送ることができない。同じことではないけれど、私たちも生きていれば不条理や小さな苦しみに直面するし、何かしら欠けているところはあるものだから、現状と向き合う藤沢さんや山添くんを観ているといつの間にか応援したくなる。夜明けを願う姿に視界が滲み、明日も頑張ろうと勇気をもらえる。

 

三宅監督は、どうしてこんなに痛みに寄り添えるのだろう。人それぞれの感情を個性として受け入れて、先入観に囚われず向き合い続ける。映画でのそうした姿勢を優しさだと感じたと伝えると、照れ屋な監督には時々はぐらかされながら、多岐に渡って率直に語ってくれた。

先入観や思い込みが少しずつ和らいでいく

   原作が2020年に刊行されてから、比較的早い段階で映画化の企画をお受けになったとお聞きしました。

三宅 そうですね。2021年、『ケイコ 目を澄ませて』の編集がそろそろ終わるという時期にプロデューサーから企画のお話をいただいて。その時点で、上白石さんがすでに原作を読まれて、瀬尾まいこさんとラジオで対談もされたという経緯は聞いていました。原作の単行本のカバー袖には、藤沢さんの「どうして私は簡単に、彼のことをやる気のない人間だと決めてかかっていたのだろう」、山添くんの「いや、はたして、本当にそうだろうか」という言葉が書かれていたんです。どちらも、一度で決めつけずにもう一度問い直そうとしている言葉ですよね。考え続けることは正直大変で面倒くさいことですけど、それでも考え続けようと相手に接する2人の姿に、何か大切なものを感じましたし、「自分なんか」と思っている2人が実はすごく個性的で、ちょっとヘンなところもあり、とても愛着が湧きました。登場人物に惹かれるっていうのは、自分にとって大事で。藤沢さんも山添くんも、それぞれ大きなものを抱えていますけど、前に進もうとする。その都度のアクションがチャーミングっていうか、可笑しくてとても好きになりました。

   瀬尾まいこさんの他の小説も読まれたそうですが、瀬尾さんの描く世界観にも共感されているように感じます。

三宅 監督を引き受けてすぐ、読めるものはたぶん全部読みました。エッセイも最高なんですよ。瀬尾さんが学校の先生をされていた時の話や、子供が生まれた後のことだとか。作品を通して、瀬尾さんの書く世界はすごく楽しいなと思いましたし、瀬尾さんの姿勢に勝手に共感したのはありますね。辛い状況の時って悲しいよねとか、こういう時って恥ずかしいみたいな、固定観念や偏見があると思うんですけど、瀬尾さんの作品はそれが気持ちよく裏切られる感じがあるんです。僕、小説の『君が夏を走らせる』で好きな話があって、高校生のヤンキーの男の子が、ヤンキーの先輩から「ちょっと俺の子供の面倒を見といて」と言われて、突然幼い子供を預けられるんですよ。で、彼はその子を遊ばせて面倒を見なきゃいけないから、公園デビューする。「俺なんかが公園で子供といたら、危ないって周りに思われないかな」とか心配するけど、意外と声を掛けられてママ友ができるっていう話。むしろ、最初は彼が自分で勝手に怯えていたんですよね。でも、仲良くなって世界観がガラッと変わっちゃう。それは分かりやすい例だと思うんですけど、先入観や思い込みが少しずつ和らいでいくっていうのは、瀬尾さんの想いでもあると思うし、僕も世の中はそうであってほしいなと思います。

   原作からの変更点として、2人が働いている会社を栗田金属から栗田科学にされたことで、宇宙やプラネタリウムの要素を取り入れられたと思います。タイトルにも「夜明け」という言葉がありますが、三宅監督は変更理由を「夜明けをいろんな意味にしたかったから」と、オフィシャル・コメントでおっしゃっていて。それがすごくロマンチックで素敵だなと個人的には感じましたし、プラネタリウムのシーンの上白石さんの語りは素晴らしかったです。

三宅 これまで自分が作ってきた映画の中で、長い台詞や言葉で何かを伝えようとすることはあまりやってこなかったんですけど。今回は自分の体重の乗った言葉をそのまま映画の形にしたいなと思ったんですよね。プラネタリウムのシーンの文章はまず僕が書いた後に脚本の和田(清人)さんとブラッシュアップしたんですが、ある時、2時とか3時とかぼちぼち夜明け頃の深夜の勢いで、うわーって書いて。昼間に書ける文章じゃない(笑)。なんというか、自分もあの役、社長の弟になりきって書く。社長の弟が書いたのも、きっと夜中の時間なんじゃないかなって思うんです。自分の中からゴロンと出た生々しい言葉をそのまま台詞にするというのは、僕が今までやってこなかったことかもしれません。制作の途中から、これは声の映画になると思っていました。

   生きづらさを抱える2人だからこそ生まれる、でもどこか可笑しみがある会話がすごく印象的でした。お2人のキャスティングでなければ生み出せないような空気感もあって。

三宅 撮影時には朝ドラ『カムカムエヴリバディ』ですでに共演していて、2人とも同志のような間柄になっていたし、関係性を築く過程がめちゃくちゃ自然だったのもあるかな。そういう空気感って、みんな理屈じゃなくすぐに気付くと思うんですよ。日常でもさ、喫茶店で隣にいる人のおしゃべりが耳に入ってきて、「あ、この2人、実は仲が悪いな」とか、ほんと一瞬でわかるでしょ(笑)。

   そうですね(笑)。松村さんはお仕事をご一緒して、どんな印象を持ちましたか?

三宅 本当にプロフェッショナルだし真面目ですよ。良い意味で生っぽくて、同時に良い意味でちょっと変なところもあるというか、ちゃんと人間として生きているし、ちゃんと生活しているんだなって伝わってくる人です。今どういう世の中で、どういう時代の流れで、どこで何が起きているのかをちゃんと受け止めて暮らしていると思う。多分、自分に嘘をつかずに、悩む時は悩んで、楽しい時は楽しくやっているんだろうと感じられたので、アイドルだけど自分とは別世界の人ではなく人間味があるなと思いましたね。

   そして上白石さんについても。藤沢さんのPMSは、山添くんに最初「パニック障害とは違うだろう」と言われたりするように、辛い状況だけど大病ではないし、それはお芝居としても難しい塩梅だったように感じたんです。リアクションのさじ加減で、映画全体の雰囲気が変わってしまいそうだけど、大袈裟なお芝居でもまったくなく、欠けている部分も全部包み込むように演じていらっしゃって、女性として共感しかなかったです。三宅さんはどういう演出をされたのですか?

三宅 いや、僕がやったことはほとんどないですよ。上白石さんの芝居を見て突き動かされることがほとんどだった。こっちからはどう見えて、どう受け取れるかということは正直に伝えていました。だから、僕から道案内をするよりも、その道が良いと思うとか、場合によってはわざとこっちの道に行ってみない?って提案するくらい。試した上で、あ、やっぱり違うねって元に戻ることもあったし。上白石さんもいくつかのシーンで、どうしようかなって、非常に真剣にトライを繰り返してくれる中で、一緒に作り上げさせてもらえたなと思っています。

   上白石さんの、どこが特に素晴らしいと思いましたか?

三宅 ……いやぁ、さっきの松村くんの質問でもそうだったんだけど、一緒に仕事をした俳優さんを言葉で表すの、苦手なんですよ。全部最高としか言いようがないもん。人の評を聞くのは大好きなんですけどね。さっきおっしゃってくれた、上白石さんの芝居のバランスが少しでも違ったら、映画全体の雰囲気が変わっちゃう可能性もあったんだろうと僕も思いました。……いやあ、でもあの素晴らしさはやっぱりうまく言葉にできない!

   ありがとうございます。原作自体の目線も温かいのですが、映画を観ると三宅監督の目線がすごく優しいんだなと改めて感じて。多かれ少なかれ、どこかは人間って欠けているところがあると思うのですが、三宅監督はそれと向き合い続けて理解しようとされているからこそ、染み渡ってくるものが大きいように感じました。

三宅 そうですかね(笑)。まあ、完璧な人間なんて存在しないのに、でも「欠けている」って思っちゃうのが人間なのかなあ。人間はどこまでいっても愚かなところはあると思うし、でもそれでも良くなりたいと思う人もいるし。その人がどういう状態であれ、どういう肉体でどういう育ちであれ、もっと別の生き方をしようとしたり、より良くしたいっていう想いは、人によって様々だと思うんです。苦しみを放置せずに、何か別の方法があるんじゃないだろうか?と考えるエネルギーを、自分も持ち続けていたいなとは思います。

   素敵です。それに、三宅監督は同じような気持ちを、映画監督として人に与えてもいますよね。

三宅 観る人の意識が変わるような題材に惹かれて映画を作っているのもあるし、それこそ冒頭の瀬尾さんの話とも結びつくと思うんですけど、本当にみんな人それぞれ、いろんな思い込み、自分の限界、いろんなバイアスに縛られて生きているけど、それから解放される瞬間っていうのはすごく良いっすよね。自分もめちゃめちゃ人見知りだし……いまだに初めて行く服屋とか超嫌いですけど、最近ちょっと勇気を出し始めて、「初めてでも、別に殴られるわけじゃないし、罵倒されてもいいか」みたいな気持ちで行くようにしているんです。怖そうなお店でも、意外と優しい人だったりして。思い込みうんぬんっていうのが最初からない人もいると思うんですけど、先入観が変わっていくのは、単にね、僕は喜びだし楽しいから。そういうものが少しでも映画の中にあって、かつ、自分たちが作った映画を観たみんなにもそういうエネルギーが生まれるといいなと思っています。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

 

『夜明けのすべて』

監督/三宅 唱 脚本/和田清人、三宅 唱

原作/『夜明けのすべて』瀬尾まいこ〈水鈴社/文春文庫〉

出演/松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生 悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、りょう、光石 研、他

 

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INFORMATION OF SHO MIYAKE

『夜明けのすべて』が第74回『ベルリン国際映画祭』(現地時間2月15日~25日)フォーラム部門に正式出品決定。

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