CULTURE

Saigenjiがカヴァー&インストゥルメンタル曲で構成され、完全ソロ録音のニュー・アルバムをリリース

JUL. 21 2023, 11:00AM

撮影/馬場道浩 対話/山崎二郎 構成/吉里颯洋

彼の歌声に魅せられてからどのくらいの歳月が流れただろう。1975年広島に生まれ、沖縄、香港、東京育ち。南米のフォルクローレ、ブラジル音楽をバックボーンに、ソウル、ジャズもクロスオーヴァーするシンガー・ソングライターにてギタリスト。これまで数多くの国で演奏してきたそのスタイルはオリジナリティに満ちている。それはこの初のカヴァー&インストゥルメンタル曲で構成されたニュー・アルバム『COVERS & INSTRUMENTALS』を聴けばすぐに分かる。数々の名曲がSaigenji節に落とし込まれた素晴らしい解釈。オリジナルのインスト曲はサブスク・オフィシャル・プレイリストで選曲され、それぞれ40万回再生されてきた。若い時のがむしゃらさが前面に出た演奏もカッコ良かったが、年齢を経て、単に枯れるのではなく、芳醇さを醸し出す、艶がある今のSaigenjiはとても素敵だ。今宵もこの1枚を肴にお酒が進むことだろう。

年を取ることにはビターな部分も確かにあるけど、そういうビターな部分なり、熟成した部分を遠慮なく自分の作品やパフォーマンスにぶち込んでいきたいなみたいな、なんかそういう感じがありますね(笑)

   素晴らしいアルバムとなりましたね。

Saigenji 満を持してと言うか、カヴァー曲をメインに据えて創りました。

   意外と、そのコンセプトってやっていなかったですよね?

Saigenji やっていなかったですね。自作曲メインのアルバムをずっと作ってきたので。今回はデビュー20数年目にして初の企画で、カヴァーとインストを半分ずつで構成して。

   ジャケット写真に写っているのはどこの風景ですか?

Saigenji 2019年にミャンマーにライヴに行った際、アンダマン海のガパリ・ビーチっていうところに連れて行ってもらって、そこで撮りましたね。物売りをしている女の子が頭に果物を乗せて通り過ぎていて、すごく良い光景だなと思って。「iPhone」で撮った写真をそのままジャケットに使いました。

   ミャンマーのオーディエンスのリアクションって、どんな感じなんですか?

Saigenji リアクションはめっちゃ良かったですね。ミャンマーの曲は演らずに、歌ったのは自作曲を中心に割と演り慣れたレパートリーで。それこそ、このアルバムに入っている「てぃんさぐぬ花」とか、「Ponta de areia」とか演奏して。特に「てぃんさぐぬ花」はアジアの人にはぐっとくるみたいで、どこで演ってもめっちゃ受けました。

   「Ponta de areia」も東洋的な質感を感じます。

Saigenji すごく、オリエンタルな感じがするじゃないですか。結構そういう民謡的なものが元々自分の核にあるので、それを出していこうかなという感じで選びました。

   候補がいっぱいある中で、選曲はどんな感じで?

Saigenji コロナ禍の2021年に、自作のインストゥルメンタルの曲をサブスクで月に1曲ずつ配信していたんですけど、それが結構評判が良くて。当初はインスト曲のみでアルバムにしたいなと思ったんですけど、カヴァーも混ぜる感じにしました。こういうコンセプトだし、レコーディングは独りでやっちゃおうと、完全にソロで録音させてもらって。

   カヴァーのレパートリーも幾多の名曲がある中で、このセレクトに至ったのは?

Saigenji とにかくライヴで歌っている曲をメインに選びました。歌ってしっくりくるカヴァー曲はライヴのシークエンスの中でも重要なレパートリーになっているので、そういうエース的なカヴァー曲をチョイスして、第1弾として出しちゃおうという感じでしたね。

   となると、この先、同じコンセプトで出せますね。

Saigenji 割とサステナブルなコンセプトなので、先々、『#2』とか『#3』も出せるなとは思っていますね。

   素晴らしいのは、「Ain’t no sunshine」と、R&BのナンバーでさえSaigenji節になっているところで。聴いていると、どれがカヴァーで、どれがオリジナルかの境目さえもシームレスになっていくような感覚があって。

Saigenji そうですね。ちょっと特徴的な声だし、良くも悪くもやっぱり個性的な音楽観だと思うので、自分がやるとどんな曲でも自分のスタイルになってしまいますね。私見ですけど、カヴァーの演り方って、オリジナルのアレンジ、楽曲をリスペクトしてやるのと、自分なりに咀嚼して新たな解釈で演るかどっちかだと思うんですよね。僕の場合、ずっと換骨奪胎してやってきたので、後者が自分の音楽の醍醐味かと思っています。

   こうしてアルバム1枚を通してインスト&カヴァーメインのシークエンスを聴くと、ギター1本のシンプルな弾き語りのスタイルでも、いかに多くの国々のどれだけ広大なエリアを、そして多様なジャンルを文字通りカヴァーしているかというところに驚いてしまう部分があって。それを全部1人のアーティストが自分の中で消化したうえで、作品として結晶化しているところが素晴らしいなと。改めて、そういうところが唯一無二な存在だなと思う由縁ですよね。

Saigenji 嬉しいです。そもそも、リスナーとしての自分自身は好みのジャンルもかなり広くて、なおかつマニアックなところがあって。ビル・ウィザーズやダニー・ハサウェイといったソウル系のラインからブラジル音楽ももちろん好きだし、元々はフォルクローレから聴き始めたから、南米のルーツ・ミュージックみたいなところも自分の根っこにあるし。今の時代ならではの恩恵ですけど、『YouTube』なりサブスク経由で本当にいろんなものが聴けるので、片っ端からいろんな音楽を聴いていると、クリエイティヴ・ソースをいっぱいもらっている感がありますね。

   今のお話を聴いてハッとしたんですけど、どうしてもその実力ゆえに、プレイヤーとして捉えられることが多いと思うんですよ。実のところは、プレイヤーとリスナーがご自身の中で拮抗しているというか、絶妙なバランスで両方存在しているからこそ、Saigenjiさんはご自分の音楽、作品に対して批評的なスタンスでいられるのかなと。

Saigenji そうですね。音楽に対して、確かに批評的ですね。あとは結局、いいミュージシャンってみんな、めっちゃ音楽を聴いているから、耳が良いんですよ。ミュージシャンの才能で一番大事なものって、まずは聴く才能だと思うんですね。音楽を聴くという行為をいかに重視するかという話をすると、それはもう会話にも通じるし、あらゆるコミュニケーションすべて、何かを受け取ってきちんとレスポンスするっていうことがベーシックにあると思うんですよね。「聴く」という受け身のときに、その人のフレキシブルさなり、キャパシティの広さなり、そういうことが結構問われる、大事なポイントかなと常々思いますね。

   このアルバムの収録曲も、プレイヤーとして気持ちよく歌えるよっていう視点に加えて、「この曲はこんなアレンジで聴きたいよね」っていうリスナーとしての視点も踏まえて選曲されているのかな?と感じました。

Saigenji 本当にそうですね。だから、どうせカヴァーを演るんだったら、今回はもう王道のスタンダードを選んじゃおうと思って。「Samurai」だったり、「Ponta de areia」だったり、「Ain’t no sunshine」だったり(知名度の高いスタンダード・ナンバーを選んだ)。リスナーにしてみたら、「Saigenjiが『Ain’t no sunshine』を歌うの?」って感じじゃないですか。

   先ほどおっしゃった中で、ちょっと引っかかった言葉があって、「民謡」とおっしゃったと思うんですけど、収録曲のうち何曲かは民謡なんですよね。

Saigenji そうですね。厳密に言うと、民謡的なところにたどり着くような土着の楽曲が多いと言うか。ビル・ウィザーズの「Ain’t no sunshine」も、あえて言うなら完全にブルースだと思うんですよね。もうコードもAm(エーマイナー)ほぼ1個だし、曲の根底にあるフォルクローレ感がめちゃめちゃプリミティヴだし、すごく(作った人間の)血から来ている感じがやっぱりするんですよね。

   ギター1本の演奏でこのアレンジだと、余計に楽曲のルーツが表出するような印象がありますね。

Saigenji そうなんですよ。だから『YouTube』でビル・ウィザーズが、ギターで弾き語りで歌っているのを聴くと、これだけパーソナルな音楽があれだけの求心力があるっていうことに驚きもするし、それこそがやっぱり音楽の本質なんだなという感じがしますよね。

   商業音楽以前の民謡というか、様々な国のいろんなジャンルのルーツ・ミュージック的なピュアなスタイルをご自身の中にストックされているからこそ、身一つでミャンマーでパフォーマンスをしても受け入れられるんじゃないかと思えてきました。そういうミュージシャンとしての底力みたいな部分こそ、Saigenjiさんならではの強みだなって気がしますね。

Saigenji そうですね。やっぱり、自分は長年、まさにそれを磨いてきたという感じはあって。結局、どこに行ってもやっていけるのは、ミュージシャンとしての1つの理想だと思うんですよね。でも、それができる人って、そんなに多くはないと思うんですよ。身一つでやっていくのに重要なことが何かって言ったら、やっぱりコミュニケーション能力とミュージシャンとしての実力、あと自分と異なるもの、異文化なりを受け入れるだけのキャパシティだと思うんですよね。要は、自分の許容範囲をどれだけ俯瞰できるかっていうことが結構大事な気がしていて。だから、そこはやっぱり、人間が歳を重ねていく際に一番大事なポイントにも通じるというか、歳を取って一番良いことってたぶん、僕はそこら辺だと思うんですよね。あくまで僕の場合ですけど、歳を重ねてくると共に人間としてキャパが広がってくると思うんですよ。若い頃だと承認欲求もすごくあるし、ちょっと言葉は悪いけど他人を蹴落としても自分が世に出て行きたい上昇志向的な気持ちってあるじゃないですか? でもちょっと年になると、「そこまでガツガツしてもな。とりあえずは楽しくできればいいんじゃね?」みたいなマイルドさもありつつ、「やっぱり、せっかく音楽やってるんだったら、他人をハッとさせるようなものを創りたいなみたいな」くらいのスタンスにだんだんなってきていて、それがやっぱり大きいかなっていうのはありますね。

   今、歳を取るとっていうお話をされましたけど、多くの方はその反対だと思うんですよ。歳と共にキャパが広がるどころか狭まっちゃうというか、価値観にしても固まっちゃうというか、そうなりがちで。ところがSaigenjiさんの場合は、逆にキャパも視点も広まっているところが、やっぱりらしいところだなと。

Saigenji ありがとうございます(笑)。やっぱり若い時って、あえて自分を尖らせていたところもありましたから。現実として自分が歳を取っているっていうことは確かにあるけど、それって基本的にはメリットしかないと僕は思っているんですよね。

   なんか心強いお言葉ですね。

Saigenji そうですね(笑)。自分が歳を重ねてきたときに一番大切なのは、下の世代の人たちに対してどういうアティチュードを取るかっていうことかと思うんですけど、音楽って結局、年齢とか経験とかだけではないところがあるんですよ。この間、あるライヴで2世代くらい下の若いミュージシャンたちと演奏したんですけど、全くもって同じ土俵で音楽を作れるし、むしろ我々よりも落ち着いていたりするところがあったりして。単純に僕が彼らのファンだったりするので、「おぉ、来てくれた!」みたいな感じで、そういう無邪気なおっさんみたいな態度で接していていいのかなみたいな(笑)。彼らと接するにあたって、こっちが構えると向こうも構えるなっていうのもあるし、楽しくやるのが一番だなと思うんですよね。

   確かに、Saigenjiさんのスタイルって、歳を取るほどどんどん良くなるんじゃないですか。パフォーマンスがより艶やかになると言うか、艶が出るというか。

Saigenji そうだといいなと思いますね(笑)。何か日本の音楽に何かを残したいということがあるとすれば、「歳を重ねたら、よりいい音楽が作れる」ってことをやっぱりアピールしていきたいなと思っていて(笑)。枯れていく方向ではなくて熟成していくみたいなことができたらいいなっていうのは思いますね。

   それこそ長くやってきた積み重ねがないと、熟成というステージにもたどり着けませんし。

Saigenji 長くやってこそと言うか、やっぱり長くやるっていうことがサスティナブルっていうことでもあるし、そこがすごく重要かなと思っていますね。子供ができたということもあって、今は生涯現役でいたいという気持ちですかね。

   今の言葉を聴いて思ったのは、9曲目の「椰子の実」の素晴らしさね。キャリアを重ねた今のSaigenjiさんが歌うことによって、今だから出せる「間」があって、聴いていてなんとも心地いいんですよね。

Saigenji 歌の最後で〈いずれの日にか国に帰らん〉というのは、漂泊の想いを超えてこの人生を継続してやろうってことだと思うんですよね。そのメッセージがすごいサウダージだなというか、めちゃめちゃ重みがあるなという感じがしますね。

   そうなんですよ。サウダージ感って別にブラジル音楽だけが持っている質感ではなくて、万国共通の感覚であることがこのアルバムを聴くと分かるっていうか。

Saigenji こないだ郡山でライヴやった時にお客さんがすごく嬉しいこと言ってくれて。「Saigenjiさんは、日本において『サウダージ』っていう感覚を日本語でずっと伝え続けてきた人だ」って言われてすごく嬉しかったし、超良い言葉だなと思ったんですよね。サウダージをあえて日本語にするなら、寂寥感だったりとか、やっぱり影がある感情だと思うんです。歳を取ることにはビターな部分も確かにあるけど、そういうビターな部分なり、熟成した部分を遠慮なく自分の作品、パフォーマンスにぶち込んでいきたいなみたいな、なんかそういう感じがありますね(笑)。

   かと思えば、6曲目のオリジナル・ナンバー「Snowman’s walz」には、まさしくビル・エヴァンス的なテイストもあって。

Saigenji 本当、ビル・エヴァンスですよね(笑)。これでいいのかっていう感じですけど。結局、どこかで聴いたものが形を変えて(オリジナル作品として)出てくるってみんな言うんですけど、自分に関してもそういう部分は大いにあって。作曲に関しては、本当にそのくらい(自分のルーツ・ミュージックを咀嚼して形にしていくスタイル)でいいと思っているんですけどね。

   忘れがちですけど、この曲を聴いて、そもそも、ジャズってフォークロアなんだなっていうことにハッとしましたね。

Saigenji ジャズはフォークロアですよね、まさに。マイルス・デイヴィスにしても、一貫してそういう感覚を求めていた気がしますしね。曲で言うと、「So What」とか、あのヒリヒリした感じはどう聴いてもフォルクローレだみたいな印象があって。さらに言うと、マイルスのモーダルな曲はやっぱり根源的な部分でサウダージなんじゃないですか。

   アルバム全編通して聴いたときに、どの曲も曲の捉え方、あしらいが批評的なんですよ。

Saigenji それ、良いですね! 批評的っていうのはいい言葉だなぁ。批評的って「俯瞰的」っていう言葉と意味が近いと思うんですよ。そう言っていただけるのは、めちゃめちゃ嬉しい評価ですね。

   あと、どの曲もすごく理知的なんですよ。いつもの手癖、感覚で、これでいいじゃんって感じで適当に演奏した感じじゃなくて、1つひとつのフレーズにきちんと訳があるようなクールさがありますよね。

Saigenji あぁ、それを感じ取ってもらえたら、本当に素晴らしいですね。自分が一番大事にしているのは、まさにそういう部分ですね。Saigenjiという名のもとに音楽で表現する全てに、理由があって然るべきというか。歌っているものなり、創るものにちゃんと理由があって、作品を世に出すからにはそれなりの理由があるっていうことが、いまの自分にとってすごく大事なことなんですよね。だから2023年にこのアルバムを創るという必然性、ここでこれを出すリリースのタイミングはすごく大事なことだという気がしていますね。

   コロナ禍がひとまず明けたこの2023年の夏に、このアルバムがドロップされるっていうのはまさにベストなタイミングだなっていう気がしています。

Saigenji 本当にそうですね。自分に限らず、コロナ期に思うところがいろいろとあったと思うんですけど、(行動が規制される中で)残された時間なり、人生なりについて、誰しもいろんなことを考えたと思うんですよね。その時期に考えたこと、考察したことをまとめた作品を世に出すことがやっぱり必要かなという気がしていて。ここから先に向けて何かを示唆するような広がりを持つ作品、アルバムがこうしてリリースできたのは良かったですね。

   何よりも、このアルバム、外で聴きたいですもん。リリース前なのに(取材時)資料として音源をいただいた役得で、既に酒のお供、BGMと化しています(笑)。

Saigenji ありがとうございます! 僕自身も最高だなとか思いながら酒飲みながら聴いているんですけど、そんな風に楽しんでいただけて光栄ですね(笑)。

   総括すると、様々なエリアの多種多様な音楽をカヴァーしているアルバムだけに、Saigenjiというアーティストのフィルターを通すことで、「音楽に地域性はあるけれど、ジャンルを超えて共通するものがあるって面白いよね」っていうことだったりとか、聴いていていろんな気付きがあります。

Saigenji いろんな国に行って思うことは、やっぱり、基本的に人間ってそんなに変わらないんですよね。世界中の何処に行こうが、人間は人間というか。例えば料理にしても、お国柄やジャンルが違えど、材料なんかは大して変わらない訳で。そういうところで気付きましたけど、エリアや国が違っても人間の本質なんてみんな一緒みたいな気がしていますね。いつの世の若者も「俺はみんなとは違うんだ」ぐらいの気持ちを持っていると思うんですけど、自分の場合、歳を重ねてくるとそれはなくなってきましたね。つまるところ、どこの国に行っても人間なんてみんな変わらないんだと思いながら、この先も音楽をやっていきたいですね。

『COVERS & INSTRUMENTALS』
〈ハピネスレコード〉
発売中

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