CULTURE

デビュー45周年、セルフ・カヴァーでない「再定義」された名曲が並ぶ新作を発表する佐野元春

MAR. 12 2025, 4:36PM

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対話&リード / 山崎二郎
文 / 多田メラニー

2024年にリリースされた「Youngbloods(New Recording)」を聴いて、1985年に発表されたオリジナルを聴いた時同様、心が高く舞い上がった。オリジナルより疾走感溢れるリズムが刻まれ、ダンスチーム・CyberAgent Legitがステップを踏むMVで展開されているように、まさに2024年に響く楽曲に仕上がっているのだ。セルフ・カヴァーでなく、今の時代にフィットするために「再定義」するといったアティチュード。それは、今年リリースされた「つまらない大人になりたくない(New Recording)」(オリジナルは1981年発表の「ガラスのジェネレーション」)と続き、この3月12日に、上記2曲含め全10曲収録のアルバム『HAYABUSA JET Ι(ハヤブサ・ ジェット・ファースト)』がリリースされた。

 

デビュー45周年となった2025年、思い返せば、佐野元春は、インディペンデント・レーベル、雑誌発行、DJ、母校・立教大学を舞台にソングライターたちを招いての講義&TV番組制作と、いつの時代も常に革新的なアクションをおこなってきた。佐野を紹介するにあたって、日本語でのヒップホップ、アーティストのウェブ開設、複数のメディアを使っての表現など、「日本初の」という形容詞がいかに多いことか。それは今も変わらずにエッジィな存在でいることの奇跡がこのアルバムを聴けば伝わるだろう。

これがいよいよ、本物の佐野元春のスタイルなんだろうなと。長い時間がかかったけどね

   今作は、セルフ・カヴァー・アルバムということではないんですね。

佐野 自分はセルフ・カヴァーだとは思っていないです。過去の楽曲を再定義した曲を集めたアルバムです。

   「再定義」という言葉はなかなか聞き慣れないのですが、佐野さんの中で再定義とはどういった意味合いでしょうか。

佐野 それまで良いと思っていたものを一旦見直して、今、そしてこれから先に意味を持つように仕立て直す。それを再定義と呼びたい。その楽曲が持つテーマ、本質的な要素、もちろん編曲感や音楽的なものも含めた、そして僕の歌い方も含むすべてを一度見直して。特にフューチャー・ジェネレーションたちに届けるとしたらどのようであるべきか?ということを自問自答しています。

   聞き慣れないと言った一方で、非常にフィットする感覚もあるんですよね。今の時代というか、コロナ以降いろんなものが変化している中、むしろフィットしている言葉じゃないかとも感じたんです。

佐野 今回のアルバムに収録した1曲「つまらない大人にはなりたくない」、このオリジナルは1981年にリリースした「ガラスのジェネレーション」という曲です。1980年のデビュー曲「アンジェリーナ」に続くセカンド・シングルで、確かに「ガラスのジェネレーション」は当時の新しい世代が気に入ってくれて、「メインストリームの音楽にはない新しい感覚がある」とプッシュしてくれた。当時のオリジナルのアレンジも非常に上手く機能していたと思うんです。あの時代の気分とか、新しいジェネレーションたちの感じと言うのかな。ではそれを今の時代に持ってきて、Zジェネレーションに何か引っかかるものがあるかといった時、僕はもっと良い方法があると思ったし、それならば再定義してみようと。

   当時25歳のソングライター(佐野)が書いた楽曲ですよね。〈つまらない大人にはなりたくない〉、この歌詞はファンの間で非常に意味のある言葉ですが、それを今回タイトルにしました。その意図というのは?

佐野 オリジナル曲の「ガラスのジェネレーション」をリリースした当時、10代の壊れやすい心を例えた「ガラス」や「ジェネレーション」というワードはすごく新鮮だった。そんな表現をするソングライターや作詞家はそれまでいなかったから。でもその後、多くのソングライターや職業作詞家たちが使うようになったことで、本来僕が提示したかった意味から少しずつ変わっていった。「ガラスのジェネレーション」は、ある世代にとっては神通力のある言葉だったかもしれない。けれど新しい世代にとってはどうか? 再定義するならタイトルも考えなおそう、ということで、思いきってこの曲のパンチラインをタイトルにしたということです。

   実際、うちの編集部のZジェネレーションのエディターに聴かせたら、めちゃくちゃ刺さっていました。

佐野 良かった。ポップ・ミュージックはその時代の新しい世代と共振する、そういう運命を持ったアートフォームだと思う。それを前提とすると、クラシックスを再定義する必要があった。それは僕が現役の表現者だからです。

   今にフィットしない楽曲ならば歌わない、ライヴで演奏しないって選択肢の方が多いですが、改めて今の時代に再定義するという発想はなかなかないです。

佐野 それはこれまで出してきた楽曲のすべての作詞、作曲、編曲、演奏、歌を自分でやってきたから。もしこれが他の作詞作曲家の作品だったら、勝手に再定義して作り変えることはできない。再定義できるのは作った本人だけだ。言いかえれば、僕は再定義できるクリエイティヴな自由さを持っているということです。

   ライヴでも披露されていらっしゃいますが、ザ・コヨーテバンドが結成してから発表されたナンバーと、今回再定義されたナンバーがシームレスに響いてくるんですよね。いつの時代に作ったんだろう?と、まるでタイムワープをしているような感覚に陥って。

佐野 そうあってほしいといつも思っていた。コヨーテバンドは今年で結成20年目を迎え、クリエイティヴのピークを迎える彼らと今できることはすべてやりたいと。コヨーテバンドによる“佐野元春クラシックスの再定義”というプロジェクトもそこから始まった。バンドのメンバーもそのコンセプトをよく理解してくれた。佐野元春の楽曲をアップデイトしていくのは自分たちなんだと意気に感じてくれている。それがとても心強いし、彼らのミュージシャン・シップは尊いと思う。

   楽曲数が膨大にある中で、セレクションに至るにはどういう視点があったのでしょうか。

佐野 あまり理知的に考えすぎないようにした。まずはライヴで上手くいった曲を選んだ。リリックが今に響くか?という視点もあった。バンドで演奏して僕らが楽しめるか、それも大事な視点だった。

   音がすごくファットに響いてきました。

佐野 そうだね。僕が求めるのはその時代の音だ。今は世界的にヒップホップ、R&Bが主流。ロックのフィールドでも一級のマスタリング・エンジニアはその辺を意識している。今回、マスタリングを英国のマット・コルトンに依頼した。結果それが良かった。彼のマスタリングはヒップホップやR&Bに負けない低音の解像度をロックにも適用している。色々なアーティストが彼に依頼する理由が分かった。

   お話を聞いて合点がいきました。今の音が鳴っているんですよね。

佐野 普段、ヒップホップやR&Bを聴いているリスナーにも楽しんでもらえると思う。

   今回のアルバムではタイトルを再定義していますが、もう1つ重要なのが、「自立主義者たち」という楽曲。この概念を今の20代の方々がどう聴くのか本当に楽しみだなと思いまして。

佐野 オリジナルは『Café Bohemia』に収録した「Individualists」。当時多くのファンは、この「インディヴィジュアリスト」の意味を個人主義者のことだと解釈した。インディヴィジュアル、つまり個人であることはもちろん大事だし、特に日本社会に於いては個といったものが覆われがちですから、「Individualists」は、ある自由な精神を持ち、個を大事にする意識的な音楽リスナー層に強く訴えかけたなと。ただ、僕個人的には「インディヴィジュアリスト」の意味は自立主義者だと思っている。新しい世代も多分直感的に分かってくれると思います。

   再定義は本当に意味があることですね。

佐野 まぁ再定義、と言っても、新しい世代だけでなく古くからのファンも楽しんでもらわないと意味がない。

   僕的にはやっぱり「虹を追いかけて」が選曲されていたのは嬉しかったです。『Café Bohemia』20周年のアニヴァーサリー版『The Essential Café Bohemia』(2006)で、“middle & mellow groove version”として再レコーディング、ザ・ホーボーキング・バンドと演奏されました。

佐野 そうだね。「虹を追いかけて」は自分でも気に入っています(笑)。今回はコヨーテバンドと一緒にやってみた。コヨーテバンドは90年代オルタナティヴなロックンロールがベースだけれど、70年代ソウルのフィーリングもよく分かっているんだ。たとえば、アルバム『MANIJU』(2017)の「悟りの涙」、『今、何処』(2022)の「冬の雑踏」、『ENTERTAINMENT!』(2022)の「合言葉 – SAVE IT FOR A SUNNY DAY」がそうだ。今回正式にレコード化されてとてもうれしい。この曲は時を経て、コヨーテバンドによって完成したと思う。

   佐野元春というミュージシャンは非常に多彩な音楽スタイルで楽曲表現をしてきましたが、1つのスタイルを貫く方が多い中、とても稀有な存在だと思うんですね。ゆえにライヴの場で演奏する際は、1つに連なるサウンド・デザインがしにくい側面もおありだったでしょうし。ただ今回の再定義によって、45年のキャリアから生まれた楽曲の全部がシームレスに連なることが、ライヴで実感できます。

佐野 ロック、ソウル、レゲ、スポークンワーズ……1つのバンドで何もかも表現しようというのは無理がある。

   それには大編成が必要だったというのもあります。

佐野 そうだね、特に80年代のザ・ハートランドがそうだった。リズムセクションに加えて、2台のキーボードにブラスセクションという大所帯だった。ホーボーキング・バンドはジャムバンド傾向のバンドだった。現在一緒にやっているコヨーテバンドはギター主体のロックバンド。6人編成だけど、演奏は多彩だ。僕の活動は今年で45年目、そしてコヨーテバンドを結成して20年という節目を迎えた。アルバム『HAYABUSA JET I』での表現。これがいよいよ、本物の佐野元春のスタイルなんだろうなと。長い時間がかかったけどね。

   そして、7月5日からは大規模な全国ホール・ツアーが開催されます。かなりの本数かつ、ローカルな街まで行かれますね。

佐野 そうだね、今から楽しみにしています。コヨーテバンドにとって初めての街も多い。僕ぐらいのキャリアだと、大都市だけでやるのが体力的にもビジネス的にも良いのかもしれないけど、やっぱり僕は根っからのミュージシャンだから。その街のホールで、僕らのごきげんなショーを観てもらいたいなと。

   佐野さんのお誕生日である3月13日には、ライヴ・ストリーミング番組『元春TV SHOW #003 – 佐野元春45周年アニバーサリー・パーティー』が生配信されます。

佐野 はい、これは楽しい番組。言ってみれば佐野元春とその仲間によるバラエティー・ショーです。それから5月には、『HAYABUSA JET Ι』の全10曲を7インチ・アナログ・シングルにして、5枚組のボックス・セットをリリースします。このアイデア、どうだろう?

   まさしく2025年ジャストですよね。7インチ・シングルだけでDJをするのが、とても増えていますので。

佐野 そうだね。特に新しい世代がシングル盤、いわゆる7インチのアナログ盤に興味を持っていると聞いている。音楽ファンの興味はさまざまなので、僕のレーベルでは、アナログ、デジタル、ストリーミング、と色々な形態を用意している。レーベルでは特にパッケージに力を入れている。魅力的なパッケージだとみんな興味を持ってくれるんだ。『HAYABUSA JET Ι』7インチ・アナログ・シングル・ボックスもそう。こうしたアクションが可能なのは、自分が主催している〈DaisyMusic〉がインディペンデント・レーベルだから。これからもファンに評価してもらえるような活動を続けていきたいです。

『HAYABUSA JET Ι』

CD発売中/デジタル配信中

『HAYABUSA JET Ι』の7インチ・アナログ・シングル・ボックスは5月に発売

〈DaisyMusic〉

INFORMATION OF MOTOHARU SANO

『元春TV SHOW #003 – 佐野元春45周年アニバーサリー・パーティー』が3月13日(木)〈Stagecrowd〉にて配信。開場19:30 / 開始 20:00(アーカイブ配信無し)

stagecrowd.live

 

また、佐野元春のデビュー45周年アニヴァーサリー・イヤー、そして現在活動を共にするザ・コヨーテバンドが結成20周年の節目を迎えるにあたり、7月5日より大規模な全国ホール・ツアーを開催。〈さいたま市文化センター 大ホール〉を皮切りに、12月7日まで全国27公演を予定している。

 

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