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同じ時代に生きる同志のような目線で作品作りへと向かう山中瑶子監督が、映画『ナミビアの砂漠』で映したものとは

SEP. 10 2024, 11:00AM

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文 / 上野綾子

映画監督という存在は、如何にしてその作品を制作するに至ったのか、知りたいことの尽きない存在であるが、山中瑶子監督もまた、多くの人が作品を待ち侘びている監督の1人である。彼女自身、滾る熱をそのまま表出させるようなことはないながらも、自身の中にある沸々としたものを、ユーモラスな演出を取り入れながら映画に昇華させており、最新作『ナミビアの砂漠』(『第77回 カンヌ国際映画祭』にて、『国際映画批評家連盟賞』受賞)でも、多くの人の心を掴むだろう。主人公のカナ(河合優実)をはじめ、ハヤシ(金子大地)、ホンダ(寛一郎)たちの生きる姿を見て、スカッとしたり共に迷走したり、感情が揺さぶられるのを体感する作品だ。

 

製作中にモヤモヤが溜まった時「インドに行ったら人生が変わるってみんな言うしなぁ」という思いつき1つで、インドへ飛んだというエピソードを聞いた時、一瞬で監督のことが大好きになった(その企画はインド滞在中に降りることを決意し、その後、数ヶ月で『ナミビアの砂漠』の脚本を書き上げている)。同世代の役者たちを前に、同じ時代に生きる同志のような目線で作品作りへと向かう。その姿勢と監督の人柄は、『あみこ』(2017年公開)を観て役者になることを決めた河合優実が監督作への出演を熱望したように、そして他の出演者のインタヴューからも、強く伝わる。多くの人を惹き付ける彼女の思考を辿ってみたい、その想いから色々なことを訊いてみた。

モノづくりをする上で、今でも変わらないのは無理をしないこと

バァフ 河合さんに「今決まっているのはあなたが主演だということだけです」ということを、映画の話が決まった当初お話しされたと資料にあったのですが、彼女に対して、そこまで思わせる理由はどういうものが監督の中にあったのでしょうか?

山中 実はその言葉、ちょっと意味が違っていて(笑)。ただ単に何も書けていませんという謝罪の意味のようなものだったんです。色々書いてはいたのですが、あまり納得のいくものではなくて、書いては辞めの繰り返しで。その話をした時は、河合さんの出演作はもちろん拝見していましたが、彼女自身とは関係性がまだない中で、こんなことを言われたら嫌だろうなと思いながらも正直に打ち明けてしまいました(笑)。プレッシャーになると思ったし、申し訳ないなと思いながらも言わずにはいられなくて。でも、そうしたら「山中さんだったら大丈夫です。待ちます」というようなことを言ってもらえて。当時は毎日「書けない、書けない」という状況にいたので、そこで良い意味で肩の力が抜けてとてもありがたかったです。

バァフ 何も浮かばないところからアイデアの糸口を見つけるって自分との戦いですよね。

山中 そう。1人の脳みそで考えていても、考え過ぎて疲れちゃうんですよね。そうなるとますます何も出てこなくなる。だから、たくさん友達に会って、いろんな話をしてもらい、そこから何かを見つけるという作業を2ヶ月くらい続けました。河合さんもお話を聞いたうちの1人です。何度か会って、ざっくばらんにご家族の話とか、今東京で生きることについてなど、お互いに話して。友人知人関係なく全部で15人くらいには聞いたのですが、面白いことに、挙がってくるワードが結構重なるんですよね。同じ時代を生きていると、ある程度は同じ感覚を持つ部分もあるのだなと思いました。そこから、東京やその近くで生きる人々の根底にあるものは似ているんじゃないかということが見えてきて。マインド・マップを書き出してみると、点と点が繋がって「ここはこういうシーンになりそう」という発見になり、1本の映画になる道筋が見えてきました。実のところ、河合さんにどういう役を演じてもらいたいかということは早い段階から決まっていたんです。無責任で、平気で嘘を吐けるような嫌な子がいいなということは決まっていたんですけど、その子がどういう環境にいるのかなどの外的要素は、いろんな人の話を聞いた中から拾っているので、結果的に今を生きているリアリティのある人物像になったのではないかと思います。

バァフ マップを作られた時に、一番重なっていたもの、多くの人が感じているんだなと思われたものってどんなことでしたか?

山中 言葉を選ばず極端な言い方をすると、日本は終わりに向かっていると思っているのはすごく伝わってきました。属性に関わらず、みんな“諦め”が前提にあるというか。その感覚は私の世代にもあるけれど、さらに下の年代の子たちはもっとある感触です。でも別に悲観していない子もいて。なんかもう、「どうせだったら好きに生きるわ」みたいな人もいれば、それが本当に嫌でしょうがないみたいな人もいる。あとは“やりたいことがある”ということが既に恵まれている感じがしました。それは私も実感している部分ではあって  私自身、映画というやりたいことがあって良かったなとたまに客観的に思うんです。もし映画がなかったら、他にやりたいことなんてなかっただろうから。希望をあまり持てないし、夢を持つことに対する現実味もない、そんな感じに思いましたね。

バァフ そんな要素は、登場人物たちにぎゅっと詰め込まれていたかと思います。カナ、ハヤシ、ホンダという3人にはどのような役割と関係性を持たせようとされたのでしょうか?

山中 どういう映画を作りたいかと考えていた時に、人間が2人いた時に起きる権力関係の不均衡さを映したいなと思いました。あとは「トウソウ」、逃げる方の“逃走”と戦う方の“闘争”がワードとして浮かび上がりました。「逃走線」という哲学的思考があるんです。簡単に言うと、システムに固められた世の中から逃げる、組み込まれないようにする、それが新たな創造に繋がるというようなもので。カナにとってホンダは、ちょっと規範的でつまらないとも言えるから、そういう人から“逃走”する。で、逃げた先でハヤシという一見自由そうで刺激的な人と暮らし始めるけど、今度はカナがハヤシに対してちょっと抑圧的になってくる。で、今度はハヤシがカナから逃げたいと思う。そういう立場の逆転と、“闘争”という意味での感情のせめぎ合いに発展していく、そんなことを考えていました。自分がどういう存在としてこの世界にいるのかを、分かりたいということが、最終的なカナの欲求として出てくるのですが、それが男性2人との関わりで少しでも見えてくるといいなと思っていました。

バァフ そこからキャラクター像を肉付けしていくと。

山中 そうですね。今お話ししたのは映画における記号的なところが大きいので、実際にキャスティングが決まってから  実際にいそうな人として演出するには、私はキャスティングが決まらないとあまりイメージできないので、寛一郎さん、金子さんが決まった段階でちょこちょこ書き直していきました。

バァフ お2人のキャスティングは、作品にどう作用しましたか?

山中 金子さんは素直なところとあまのじゃくなところがあるのが魅力的で。ハヤシのカナをちょっと煽るような態度は、金子さんからの提案だったりしました。寛一郎さんは顔が端正だから、そういう人が女性に対して献身的だったり依存していたりするのって面白いだろうなと思いましたね。実際お会いしてみても、細やかな方だなという印象がありました。2人ともシャイなところがあります。

バァフ カナについては?

山中 カナに関しては、脚本を書きながら「無理があるかもな」と感じることがあるくらい、いろんなアイデアが出てきました。例えば“側転する”とかも、書く分にはいくらでも書けるけれど、河合さんができるか?という現実的な問題もあるじゃないですか。ダメ元で「(側転)できますか?」って聞いてみたら、「最近やってないですけど、できると思います」と返ってきて。カッコ良いですよね(笑)。そういうことをはじめ、実際にやってもらったら説明するまでもなくそこにカナがいるよね、と驚かされて。演出を細かく入れることはそんなになかったと思います。河合さんに楽しく自由に演じてもらうことが我々スタッフの喜びみたいになっていたので、見ていてずっと楽しいカナ、河合さんを追い続けている映画だとも思います。現場で生まれたアイデアでも、河合さんは困らずやってみてくれたり、彼女が提案してくれた、脚本にはないアクションもあって。スタッフ含め、「カナってこんな女の子だよね」という共通のイメージが出来上がっていた現場だったと思います。

バァフ 想像ができるという視点の話をすると、普遍性を取り入れるため、スタッフなど、色々な人から、恋愛のエピソードを聞いてシーンに取り入れたと資料にありました。監督はみなさんの話を聞きながら、日本  あるいは東京の恋愛についてどのように捉えていましたか?

山中 最近は、別に無理して恋愛にコミットしなくても良くない?という流れになっているので、それは良いことなんじゃないかなと思いますね。今、「出会いがない」という人も少なくないと思うのですが、ないなら無理して出会わなくていいなと私は思っちゃうし。やっぱり都会にいると、いろんな意味で何かを埋めようという思考になりがちなのかなと思いました。

バァフ 最後に、監督のモノづくりの原点を伺わせてください。

山中 親から聞く話だと、幼い頃から手を使って何かを作るのが好きな子だったそうです。ハサミなどの道具を使うのも早かったようで。粘土とかビーズとかも大好きでした。今は同じ手を動かすでも、キーボードばっかり打っていますが(笑)。モノづくりをする上で、今でも変わらないのは無理をしないこと! 頑張らなきゃいけない時もあるけれど、基本的には頑張らないことを大事にしています。

©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

『ナミビアの砂漠』
監督/山中瑶子
出演/河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島 歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島 空、堀部圭亮、渡辺真起子、他
全国公開中

【WEB SITE】
happinet-phantom.com/namibia-movie

INFORMATION OF YOKO YAMANAKA

山中瑶子監督のデビュー作『あみこ』のリバイバル上映が決定。高校3年生の河合優実が、同作を〈ポレポレ東中野〉で観て強い衝撃を受け、その場にいた山中へ「いつか出演したいです」と手紙を渡したという驚きのエピソードも残る、まさに『ナミビアの砂漠』の原点!

『あみこ』リバイバル上映
日時/9月28日~10月11日レイトショー
場所/〈ポレポレ東中野〉
pole2.co.jp

【X】
@dwnwakeup

 

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