石井岳龍監督が安部公房の小説『箱男』を映画化。しかも一度、1997年に永瀬正敏主演で立ち上がった企画が頓挫しており、時を経て2024年に同じく永瀬主演で公開すると聞けば、気になって仕方がない。共演には、浅野忠信と佐藤浩市。成り立ちも座組みも特別な本作で、石井監督が「葉子役にはこの人しかいない」と言い切るほど信頼を寄せているのが、白本彩奈だ。
『箱男』は、ダンボールを頭からすっぽりと被り、都市を徘徊し、覗き窓から一方的に世界を覗き、ひたすら妄想をノートに記述する“わたし”(永瀬正敏)が主人公。しかし、箱男の存在を乗っ取ろうとするニセ医者(浅野忠信)や、完全犯罪に利用しようと企む軍医(佐藤浩市)、“わたし”を誘惑する謎の女・葉子(白本)らが関わるようになり、状況が変化していく。
取材で白本の話を聞いていると、役柄について細やかに分析し解釈を深めていて、とことん考え抜いている様子が伝わってくる。その原動力は、芝居への情熱。役の人物についてあれこれ憂うことができるのは、俳優にとって重要な要素のように思う。白本の演じる葉子には、強く惹きつけられた。
バァフ 安部公房の原作は1973年に発行された小説ですが、本作は現代の設定になっています。台本を読んだ時、まずどういうことを感じましたか?
白本 この作品のオーディションを受けるにあたって、最初に原作を読んだんです。そのまま何も変えずに映像化するのは難しいんじゃないかな?と思っていたので、どういう台本に変化していくのか、どんな風に描かれるのかなと個人的にはすごく楽しみにしていました。初めて台本を読んだ時は、まずこれは2024年だからこそ描ける話なのだろうと感じて。原作の核のような部分は残したまま、細い糸が何本も繋がっている台本のように感じたんです。「何か」がハッキリと分かるような太い一本ではなくて、でも確かに繋がっているような感覚を得たのは覚えています。
バァフ 箱に入って何者でもなくなり、世間を遮断し他人を観察し続けることを、現代に置き換えた時に、スマホが“箱”そのものだという捉え方も、とても面白いと思いました。
白本 最近、物事の匿名性の問題はよく聞きますし、世間でも意識されていると思います。“箱”がスマホとして捉えるのもまさしくそうだなと感じますし、もう1歩先を考えると、箱の中に入るというのは、つまり自分を匿名化する行為とも言えるのかなと。自分は何でもない存在になってしまうので、平気で相手に意見を言えたり、見ているだけの人間になってしまえるということも意味するなと思いました。
バァフ そうですよね。本作にはオーディションで役を得たとお聞きしました。どのような気持ちで挑みましたか?
白本 葉子という役柄と向き合うことは、私にはすごく難しいことで。作品の中でも挑戦的なシーンが数多くあったので、オーディションを受けている途中からは自分だったらどう演じるのか?と、もう葉子について考えるだけで頭がいっぱいでした。(インティマシー・コーディネーター立ち会いのもと)脱ぐシーンもあるので、正直にお話すると女性として躊躇してしまう部分はあって。でもそれ以上に、「私がこの役をやらなければならない」という勝手な使命感や熱を持っていたんです。それを原動力にひたすら進んで、気付いたら今に至るという感じです(笑)。でも最終オーディションあたりには「絶対にやりたい!」という想いでいっぱいになっていました。そこまで強い気持ちを持ったことがなかったので、初めてそういう気持ちを知ったことも、自分には大きな出来事でした。
バァフ 葉子という女性の人物像を、どのようにして突き詰めていったのでしょうか。
白本 葉子を掴む上で何が一番大きなきっかけになったかというと、ヌード・デッサンのモデルさんを調べたことだと思います。SNSの投稿や、昔のテレビの特集、インタヴュー記事を掘り起こして読んで、どんな気持ちでそこに立っているのかを想像して。そこから、自分なりに寄り添っていけるところを探しました。葉子の一番の核は、女性であることだと思うんです。私自身もそこは同じ。なので役作りは、葉子に近付くために、葉子を知りたいがために、さまざまな方向から彼女を調べる作業が重要で。それに加えて、自分の中にある女性像を改めて考え直して、自分をもっと知るという2つの路線で模索していました。あと原作には女性があまり出てこないので、葉子という1人の人物像を考えることも大切でしたが、この作品においては人間関係の中で女性がどういう役割を担っているのか?を考えることも必要だったと思います。
バァフ 葉子という女性を掘り下げて考えて、白本さんは改めてどういう部分が女性の素晴らしさだと感じますか?
白本 言葉にするのは難しいですが、生物としての女性って、他に敵うものがないんじゃないかというくらいに強いなと思います。それに、女性としての誇り、芯みたいなものを見つけた気がします。
バァフ 石井岳龍監督はイベントに登壇された際、白本さんのことを「葉子はこの人しかいないと思った」とおっしゃっていました。撮影で印象的だった演出はありましたか?
白本 石井監督は「撮影に入ったら葉子は白本さんに任せる」と言ってくださっていました。なので、撮影に入る前、リハーサルなどの時にマン・ツー・マンでお芝居を見ていただいて。本当に丁寧に「お芝居とはどういうものか?」というところから一緒に進めてくださったんです。その時に印象的だったのが「そこに生きていてほしい」というお言葉でした。葉子を演じるのに、何かを表現したりアクションをしなくていいから、とにかくそこで生きていてほしいのだと。私自身もその言葉を葉子を作る上で大切にしていたので、自分で表現を考えるということはあまりせず、葉子であるようにそこに立つことを大事にしていました。石井さんにご指導いただいたあの時間は、これから先もすごく大切な自分の土台だと思っています。
バァフ 共演の永瀬正敏さんと浅野忠信さん、佐藤浩市さんとのシーンも多かったですよね。
白本 みなさんとのシーンは、本当に楽しかったんです。もう、なんて贅沢な時間なんだと思って現場にいました。お芝居も毎回違ったアプローチを仕掛けてくださるので、受ける私のお芝居も変わってきて、そのやり取りがすごく楽しくて。変化の目盛りもまったく違っていて、こんなやり方もあるんだという発見をたくさんくださいました。簡単に盗めるものではないのですが、私も少しずつ、面白いと思っていただける、心が揺れるようなお芝居をしていきたいです。
バァフ 『箱男』の現場を経て次の作品に向かう時に、どういうことを大事にお芝居をしていきたいと思いますか?
白本 心を大切にしたいです。私自身は色々なことを考え込んでしまう性格なので、外側からとりあえず埋めようとしてしまうことが多くて。完成されていないのに見た目だけ綺麗だったり、良い感じの雰囲気にできていれば良い、と思ってしまうことがこれまでにはありました。でも『箱男』の出演にあたって、これではみなさんの前に立てないと痛感したので、心の準備をたくさんしたんです。心をオープンにして、心にあることをしっかり感じてお芝居をしたので、この経験を経て、もっともっと深い想いを宿せる人になりたいなと思います。心がよく揺れる人になりたい。箱で言うと、箱の中身って心のことじゃないかとも思うんです。私自身すごく共感する作品だったので、今後は“箱を脱ぐ”というのが私の課題かもしれないです。
バァフ ご取材するにあたって白本さんの過去のインタヴューも読ませていただいたのですが、ドラマ『最後から二番目の恋』出演時に共演の中井貴一さんから助言をいただいて、俳優に邁進する気持ちが固まったと答えられていました。今回の『箱男』の現場を経て、より一層その気持ちが高まっているんじゃないかと思います。
白本 石井監督はもちろんそうですし、本当にいろんな方から、私の大事なパズルのパーツをいただいているような感覚なんです。私も1ピースを持っているけれど、完成させるにはあと何ピースも必要。まず、俳優のお仕事を続けていこうというのは、中井さんからいただいたピースです。そして、俳優を続けていく上で私に必要なスキルや経験を、今作で石井監督からいただいた気がします。私というパズルが完成するのはまだまだ先ですが、いただいたピースを大事に、これからも集めていきたいです。
ワンピース(80,300yen) / AERON(CONCRETE) ピアス (53,900yen) / COLDFRAME(CONCRETE) サンダル (74,800yen) / ADIEU(BOW INC) ※すべて税込
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『箱男』
監督/石井岳龍
原作/『箱男』安部公房〈新潮文庫〉
出演/永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈、佐藤浩市、渋川清彦、中村優子、川瀬陽太、他
8月23日より〈新宿ピカデリー〉他にて、全国公開
【WEB SITE】
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INFORMATION OF AYANA SHIRAMOTO
9月29日放送の『江戸川乱歩原作 名探偵・明智小五郎「黒蜥蜴」』〈BS-TBS〉に出演。
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