CULTURE

鈴木真海子が誕生日にリリースしたニュー・アルバム『mukuge』は、日常の風景や心情の揺らぎに向き合い、生み出された音楽

JUL. 20 2024, 11:00AM

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文 / 白土華乃子

鈴木真海子が、2ndソロ・アルバム『mukuge』を自身の誕生日である6月26日にリリースした。これまで少数精鋭にこだわってきた鈴木が、多数のミュージシャンを迎えて制作に至った今作。自らギターを弾きながらアイデアを練り、豪華な面々が奏でるサウンドが重なることで、アコースティックかつ、柔らかな雰囲気のアルバムへと仕上がった。前作に引き続き、パーソナルな内容の歌詞も必見。鑑賞した映画や友人から聞いた失恋話、鈴木の目に留まった何気ない風景など、日常の中から切り取られるワン・シーンは、我々の日常とも重なる部分が多い。時にアンニュイでありながらも鮮明なリアリティを持っているからこそ、彼女の紡ぐ歌詞が心にスッと入ってくるのだろう。

 

普段は、ラップ・ユニット・chelmicoとしてRachelとともに活動をしている鈴木。ラッパーとして成長をし続けている彼女たちは、様々な方面で活躍中だ。お笑い好きで、オフの日は飲みに行ったりカラオケに行ったり……とにかく仲の良い2人が創り出す楽曲に、毎度ワクワクさせられるリスナーも多いだろう。一方で、ソロ活動においては、また違ったベクトルで音楽と向き合っているようで、chelmicoとは制作の仕方も楽曲の系統も少し異なっている。『mukuge』について深掘りしていく中で見えてきたのは、音楽に対する鈴木の深い愛情だった。

常に楽しむ精神でやっていきたいなと思っています

バァフ 1stソロ・アルバム『ms』から、およそ3年ぶりの2ndソロ・アルバムとなります。

鈴木 元々、アルバムを出すつもりはなかったんです。やっぱりchelmicoを一番に活動をしているので、「作りたい時に作る」という仕方で制作をしていて。楽曲が溜まってきて、良いタイミングだし出したいなと思ったのが、きっかけですね。

バァフ 前回と今回のアルバムでの違いはどのようなところにありますか?

鈴木 音作りに関しては、大きく違うと思います。元々、宅録っぽい音作りをしているアーティストが好きで、『ms』では“宅録感”を意識していたんです。だから、わざとピアノをチープな音にしてみたり、ドラムも少し左寄りで聴こえるようにしたりして作っていたんですけど、『mukuge』は音のレンジを広げるということをテーマに作りました。大きなスピーカーでも映えるような音で、なおかつ、目を瞑って聴いた時にベーシストやドラマーがそこに居るかのような生音感にしたかったのと、声も一番近くに聴こえるようなイメージで。あと、今回様々なミュージシャンを迎えたことも変化ですね。宅録でミニマルにやっていたところから、規模が広がっているなという感覚があります。

バァフ chelmicoとして曲を作る時と、ソロで曲を作る時とは、また違った感覚なのでしょうか?

鈴木 違うと思います。chelmicoは、最初にトラックをもらってから構成を考えていくんです。例えば、「私が最初の8小節を考えるね」とか、「Rachelが次の8小節を考えるね」といったように、割と作業の工程も決まっていて。「書くぞ!」という気持ちで曲のテーマを1つ決めて、話し合って制作をしていくことが多いです。一方でソロは、自分でギターを弾きながら作ることが多かったり、プロデューサーのryo(takahashi)くんと作る前からたくさん話をした上で制作をしていきます。歌詞も仕事の休憩中に書いていることが多いですね。

バァフ より等身大の鈴木さんが、ソロの楽曲に表れているのですね。

鈴木 そうですね。chelmicoでも楽しく書いていますが、その楽しさが少し違う感じです。

バァフ chelmicoで制作する時の楽曲のテーマは、どのように決めているのでしょうか?

鈴木 例えば夏の曲を書きたいとなった時は、「夏といえばスイカ割り!」とか、連想ゲームをしながら楽しく書くことを目標に考えていて。もちろん、お互いの気分とかもありますが、「最近ちょっと悲しかったから」とか、「悲しい恋の相談を聞いて」を共有して、それをテーマに書くことが多いです。

バァフ ソロとchelmicoの楽曲のテイストは違うなと思っていたので、今のお話を聞いて納得する部分が多かったです。

鈴木 確かに、そうかもしれないですね。元々、RachelとはRIP SLYMEが好きで仲良くなって、「RIP SLYMEになりたい!」という感じでchelmicoが始まったんです。でも、それぞれが聴いてきた音楽は、意外と違って。Rachelはバンドとかが好きで、私はラテンやボサノヴァ、ジャズが好き。その中で、お互いの共通点がRIP SLYMEとASIAN KUNG-FU GENERATIONだったんです(笑)。そういうこともあって、いろんな音楽や表現をしたいなと思い、ソロ活動をしているというのもあります。

バァフ chelmicoだけでなく、ソロとしての鈴木さんの楽曲も堪能できるので、すごく贅沢だなと感じます! 1曲目の「うつつ」は、どのように制作していったのでしょうか?

鈴木 「作るぞ!」という感じではなく、家で遊びながらギターを弾いていて。そのタイミングで、ちょうど家のサボテンが目に付いたんです。サボテンの横からもう1つサボテンが生えて、傾いていて。曲の最初は、〈かたむいたサボテンのあたま〉から始まるんですけど、そこから歌詞は書き始めていきました。

バァフ THE D SoraKiさんのダンスが素敵なMVの世界観は、どのように立ち上げていきましたか?

鈴木 ダンスでいきたいというのは、最初から考えていました。〈うつつを抜かそうよ〉という歌詞は、どういう捉え方をしてもらっても大丈夫なんですけど、デート前とかのウキウキしている感じを出したいなと思って。あと、時間が動いているけれど、止まっている感じも表現したくて、部屋の中での撮影にしようとか。そういうポイントを箇条書きで出していって、話し合いながらMVを作っていきました。

バァフ 2曲目の「からから」は、最初ピアノから入って、サビに向かってだんだんアガっていく曲です。制作はどのように進んでいきましたか?

鈴木 この曲は『ポカリスエット』CMのタイアップで作ったのですが、「落ち着いた感じの音でお願いします」とお話をいただきました。最初の〈からからになった〉のところは実際にCMで使われているのですが、このフレーズを出すまでに23パターンものサビを作ったんです。色々と試行錯誤をして作り、自分ではそのサビたちを気に入っていたから繋げたいなと思って(笑)。アイデアをキュッと凝縮させて1曲に仕上げていきました。

バァフ 「5月のうみ」はタイトルから、「海のことなのかな?」と思ったのですが、歌詞を読み進めていくと「膿」の方だと気付いて。

鈴木 それこそ五月病じゃないけれど、この時期に心が落ち込んでいた友達がいたんです。そういう曲を書きたいなと思ったのと、同じタイミングで映画『PERFECT DAYS』を観て、その要素を混ぜて作っていきました。

バァフ 『PERFECT DAYS』からは、どのような要素を感じ取ったのでしょうか?

鈴木 『PERFECT DAYS』は心のバランスがテーマだと思っているのですが、主人公の平山と友達の話がすごくマッチしたんです。歌詞中の〈あの日見た木漏れ日〉は、『PERFECT DAYS』をきっかけに思い浮かんだ一節でもありますね。

バァフ 次の「お酒を飲んだ夜(feat.Mei Semones)」で、ガラッと印象が変わります。心地良く酔っている鈴木さんが思い浮かぶというか(笑)。歌詞の中に〈あまり知らない土地の空を見る〉とありますが、どこか行かれた時に書かれた歌詞なのでしょうか?

鈴木 制作していた1週間前くらいに、初台を歩いていたんです。初台の居酒屋が並んでいる細い道で、ちょうど星が見える空とビルが建っている風景がその歌詞ですね。

バァフ これは初台の風景だったんですね!

鈴木 「その風景を見た」というメモがあって、〈階段を登る犬〉という歌詞も、その辺りで階段を登っていたブルドッグがいたのをメモに残していて。お酒を飲んでいた夜に、メモを見ながら作っていきました。

バァフ すごくリアリティがありますね。chelmicoの歌詞でも思っていたのですが、犬の登場率、高いですよね……?

鈴木 犬の歌詞は結構ありますね。「Highlight」でも〈私は犬派!〉とか言っていますし(笑)。

バァフ (笑)確かに、言っていますね。そして、「紀尾井茶房」。私は誰か待っている時って、体感的に時間の流れが遅く感じますが、途中でBPMが速くなることで、むしろワクワクしているような印象を受けました。

鈴木 〈紀尾井茶房〉という所が本当にあるんですけど、現場から現場の合間でタバコが吸いたくて入った喫茶店がちょうど〈紀尾井茶房〉だったんです。初めて入った喫茶店だったんですけど、雰囲気が良くて。会社員の人達が出入りしている感じが面白いなと思って、メモにそのことを書き残していたんです。サウンドに関しては、ryoくんからもらったトラックで作っていきました。元々、ryoくんと「最初BPMが遅くて、だんだん速くなる曲を作りたいね」と話していて。トラックのリズムに物語性を感じたので〈紀尾井茶房〉をテーマに、そこでの人の物語を書きたいなと思って、遅刻の内容で書いていきました。

バァフ 「秘密の楽園」はすごくキュートな楽曲。〈甘い瞬間〉という歌詞の繰り返しが頭に残ります。

鈴木 最初に音ができて、そこにハマる言葉というので進めていきました。

バァフ ちなみに、鈴木さんにとっての「甘い瞬間」とはどのような時でしょうか?

鈴木 この曲の感じで言うと、自分時間ですね。お酒を飲んでいる時も甘い時間ですし、ゴロゴロしている時もそうだし、お風呂上がりも。1人の時間は割と自分の心の解放という感じがします。

バァフ お家でゆっくりする時間は大切にされているのですね。

鈴木 ドライヴも好きだし、海や山に行くのも好きなので、アウトドアでもあるなとも思うんですけど……できるだけ家にいたいですね(笑)。家に居る時は、ラジオを聴くか、湯船に長めに浸かっているか、ギターやピアノを弾いていることが多いです。

バァフ 「in a bubble with u」は、ストレートな歌詞が素敵です。〈永遠を長引かせたいな〉という歌詞は主観的な願望だけれども、切なさも感じられて。この歌詞はどのように書き進めていったのでしょうか?

鈴木 chelmicoのバックDJもやってくれているパーシー(TOSHIKI HAYASHI(%C))のトラックなんですけど、パーシーが10個くらいトラックを送ってくれたんです。色々聴いていく中で、このトラックを聴いた時にソウルで良いなと思って。「絶対にストレートで甘い歌詞を書くぞ!」というところから入っていきました。で、割とストレートな歌詞で書き進めていたんですけど、以前、『ベティ・ブルー』という決してほのぼのとしていない、激動の恋愛映画を観たのを思い出して。ヒステリックになる瞬間もあって、2人だけの世界で光もあるけど落ちていく感じを、〈永遠を長引かせたいな〉というラインにして作っていきました。

バァフ 8曲目「kimochi」は、トラック先行の楽曲ですね。

鈴木 これも、夜に遊びでギターを触っている時に作った曲ですね。でも私、セーハ(複数の弦を人差し指1本で押さえるコードフォーム)とかはできないので、マイクを立てて音を重ねながら作っていきました。ギターで作ってすぐに歌詞を書いたんですけど、アンビエントっぽくしたかったので歌詞は短くてよくて。

バァフ 元々、歌詞は短くしようという気持ちがあったのですね。

鈴木 ありましたね。もうこれでOKみたいな歌詞ができて、これ以上長く書いてもな、と思って。

バァフ 内に秘めた気持ちにフォーカスされています。

鈴木 人と話している時に、探り合いみたいになる瞬間ってあると思うんですけど、言いたいことを察してほしい時もあって。例えば、悩み相談をしている時に、本当の気持ちが言えない瞬間もあるんだよ、というのを書きました。

バァフ それから、ラストの「EO」。本編とは全く変わって疾走感があります。

鈴木 「kimochi」の曲終わりと「EO」の曲始まりが、フェード・アウトとフェード・インみたいな感じで切り替わるので、ボーナス・トラック的になるなと思って音作りをしていきました。アルバムを作っていると途中からすごくラップをしたくなってきて、最後に入れましたね(笑)。

バァフ 今回の『mukuge』を経て、さらに挑戦してみたい楽曲などはありますか?

鈴木 次は、ラヴァーズ・ロックとかレゲエのような感じもやってみたいですね。ラテンっぽくするとかボサノヴァっぽくするとか、結局、何かと混ぜると思うんですけど。でも、いろんな方面で音楽を楽しみたいなと思います。

バァフ ラテンやボサノヴァに興味を持ったきっかけはあるのでしょうか?

鈴木 うーん……いろんな影響を受けていると思うんですよね。家族全員、音楽が好きなんですけど、父親はレゲエが好きで、母親は山下達郎さんや松任谷由実さん、サザンオールスターズが好き。一番上の兄がハウスとかヒップホップが好きで、二番目の兄がフォークやアンビエント、ロックとかが好き。家族をはじめ、色々なところから影響を受けていて、その中で私はジャズ、ボサノヴァ、ラテン分野だったんです。

バァフ これからワンマン・ライヴを経て、chelmicoとしてもライヴが続きます。どのようなライヴにしたいと思っていますか?

鈴木 chelmicoの方も続くので、とにかく私たちは常に楽しむ精神でやっていきたいなと思っています!

『mukuge』
配信中
〈ziti records〉

 

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