寂しい時、一番最初に思い浮かぶのは誰の顔だろう。言葉がなくてもいい、何もしなくていいから、ただそばにいてほしいと願う。すべてを分かり合えることはできなくても、人は寄り添うことができるのではないか。小さいけれど確かな光を感じるのが映画『違国日記』だ。人見知りの小説家・高代槙生(新垣結衣)とその姪である田汲 朝(早瀬 憩)の家族でもない、友達でもない、ふたりの同居生活が描かれている。大人も子どもも、悩むし立ち止まる。悲しいことも悔しいこともある。それでもそばにいてくれる誰かの優しさに助けられて生きていく。本作では、槙生も朝も、互いになかなか理解し合えない寂しさや悩みを抱えながらも、丁寧に日々を重ね、かけがえのない関係となる。
そんな物語に、〈抱きしめて ひとつになれなくても 隣にいて〉、〈あの子の痛みも知らない それでも それでも〉と歌うのは、シンガー・ソングライターの十明。映画の本予告映像で使用されるインスパイア・ソング「夜明けのあなたへ」は、この映画をさらに優しく包み込み、私たちに、本当の優しさとはなんだろうと問いかける。十明は、2022年公開の映画『すずめの戸締まり』の主題歌「すずめ feat.十明」で、オーディションからヴォーカリストとして抜擢されたのち、2023年7月配信シングル「灰かぶり」でメジャー・デビューを果たす。鋭い棘のあるリリックに、現実と虚構を行き来する視点。今回、翌年の2月に配信した1stデジタルEP「僕だけの愛」、4月に〈国際ファッション専門職大学〉のテレビCMになった「NEW ERA」の制作過程、そして「夜明けのあなたへ」への想いをバァフアウト!編集長・山崎が尋ねた。
バァフ 映画『違国日記』の原作漫画を読まれていたと伺いました。
十明 はい、読んでいました。何度も読むほど好きで。インスパイア・ソングを担当させていただけるなんて、本当に信じられないくらい嬉しいです。
バァフ どういったところが心に沁みましたか?
十明 キャラクター1人ひとりにそれぞれ共感できるポイントがあって。どの年代の方が読んでも、心に響くものがあると思っています。私はこの物語の朝ちゃんにも槙生さんにも、両方重なるところがありましたし、魅力的でした。
バァフ 今回インスパイア・ソングを実際に作るとなった際、思い入れのある作品ということもあり、どのようなイメージで作ろうと考えていましたか?
十明 2人を見た自分をベースに曲を作っていましたが、そこから少しずつ、より俯瞰した視点を入れたいなと思うようになって。何度も試行錯誤して、その中で優しいとはどういうことなのか、ずっと考えていました。この物語はすごく優しいけれど、私は何を「優しさ」と感じているのだろう?と考えた結果、そばにいることなのかなと思いました。そばにいるけど干渉はしないところが、槙生さんが朝ちゃんに教えたかった優しさでもあるのかなと。それから、この曲のサビは「マーブル」がテーマなのですが、混じり合っても溶け合わないマーブル模様が優しさのイメージとして持っていて。最終的には、いつも私が書いている日記に朝ちゃんと槙生さんそれぞれへの手紙を書いたつもりで、そこから言葉を拾い、音楽にしたので、この曲は2人への手紙のようなものですね。
バァフ キーワード「マーブル」は、言葉として浮かぶのか、映像として見えるのか、どちらが多くありますか?
十明 最初は言葉を並べていって、そこからその言葉に当てはまる風景を探しているというか。寂しいとかそばにいてほしいとか、言葉が出てくる時に浮かんでいる風景はなんなのか、そうやってヴィジュアル化していく方が多いですね。
バァフ 「夜明けのあなたへ」は、シーンがフワッと見えるようでもあって。
十明 風景を浮かばせることが元々すごく苦手で。抽象度の高い音楽を作ってしまう癖がついていたんです。でも今回は曲を聴きながら頭に映像が流れるような、馴染みやすさがほしいなと思って作ったので、そう言ってもらえて嬉しいです。
バァフ 〈砂漠の真ん中 置いてかれたような寂しさが まだ消えないまま〉のラインは、映像がすごく浮かびました。寂寥感を感じて。
十明 風景を思い浮かべた時に感じることは人それぞれなので、風景を思い描けるような言葉を置くことで、自分と重ねる余地を与えることができたのかなと思います。そのあたりは、今まで自分が作ってきた曲と違う雰囲気だったので、伝わっていて良かったです。
バァフ〈マグカップの底 こびりついたような寂しさを ただ見つめていた〉の比喩の仕方も素晴らしいです!
十明 どんな時に寂しさを感じるかなと考えた時に、マグカップの茶渋を見たり、人がたくさんいるところを見ると自分自身がポツンと存在しているように感じることもある。日常の中で感じた感情に基づく言葉を何個も出して、その中で物語に一番近い寂しさに似ているものを選び比喩をしています。パッと閃くよりは、たくさん浮かべた中で最も類似しているものを選ぶといった作り方をしていますね。
バァフ 映画の中で、高校生になった朝がバンドを組み、ベースを弾いてリリックを書くシーンがありましたが、ご自身の体験と重なるところはあったのかな?と想像してしまいました。
十明 高校は共同生活の場なので、自分のことを表現するのに一踏ん張りする必要があると思うんです。そんな状況の中で自分を表現するという選択を取ることができた朝ちゃんの行動力や、その中での葛藤や気恥ずかしさは、私が高校生の時に抱いていた気持ちにすごく似ていて。自分には何もないと思いながら、それでも曲を作るところが自分と重なりましたね。
バァフ 十明さんが最初に曲を作ったのはいつ頃だったのでしょうか?
十明 高校生からサビだけ作ったりしていましたが、2年生の終わりくらいにやっと1曲作ってみて、『TikTok』に投稿したのが最初です。
バァフ 最初、音楽にはどういう風に触れていましたか?
十明 中学の時、吹奏楽部でオーボエを担当していました。音楽の授業でギターを習って、そこで面白いなと思ったのがきっかけです。高校受験が終わったらギターを買おうと決めて、中学校3年生の終わり頃からギターを始めました。高校に入ってからは、軽音部で友達と一緒に教え合うみたいな感じで。
バァフ オリジナル・ソングをみんなの前で歌ったこともありますか?
十明 すぐにオリジナルを披露することはできなくて、みんなの前で歌えたのは1曲くらいです。SNSに投稿できても、身近な生活の場のコミュニティでは、なかなか自分の曲を聴かせるのは恥ずかしかったし、自信もなくて。
バァフ 披露した時のリアクションはどうでした?
十明 みんなどの曲がオリジナルなのか分かっていなかったので、「あの曲は誰なの?」と聞かれても小声で「自分で作ったんだ」と言う感じで(微笑)。細々と隠れながら音楽をやっていました。
バァフ そこから映画『すずめの戸締まり』主題歌のヴォーカルに選ばれ、「灰かぶり」を配信して、1stデジタルEP「僕だけの愛」をリリースと。新曲が2曲ありましたが、聴いた時に心を打たれました。「メイデン」の〈愛で突き刺して アイアン・メイデン〉というラインは最初からあったラインなのですか?
十明 最初からありました。〈I’m メイデン!〉と〈アイアン・メイデン〉を掛けようと決めていて。この曲は即興で45分歌い続けている中からピックアップしているんですが、「アイアン・メイデン」は自分の好きなモチーフを歌に落とし込めたので、良かったなと思います。
バァフ サビ前にある〈私の春を暴いて〉もキラー・フレーズです!
十明 〈愛で突き刺して アイアン・メイデン〉の後くらいにすぐできた歌詞なので、パッと思い浮かび上がった強さが、きちんと伝わっていてすごく嬉しいです。
バァフ もう1曲の「蛹」。蛹というモチーフはどこからやってきたのでしょうか?
十明 ずっとこのモチーフが頭の中にありました。幼虫から蝶々になるまでの中途過程である蛹は、うまく羽ばたけない今の自分自身を表しているなと思っていて。蝶々って、蛹になった瞬間に、60%ほど蝶々になっている形状を溶かすんです。自分を理解できなくて1回全部壊したいと思ってしまうくらい、焦りを感じているからこそ溶けてしまう姿が、自分の状況に似ているなと。焦る気持ちを蛹という言葉に変換しました。
バァフ そうなんですね。ところで、言葉と曲はどちらが先行していますか? それとも同時ですか?
十明 サビは一緒ですね、「メイデン」も「蛹」も。基本的にキー・フレーズにしたいなと思っている部分は同時に作っています。自分の中で歌いたい感情を書き出して。漠然とした、寂しいとか勝ちたいとか認められたいとか そういう感情だけを書き出して、とりあえず歌ってみよう!というところから見切り発車で始まります。
バァフ そうなんですね。4月にリリースした「NEW ERA」や「夜明けのあなたへ」の振り幅の大きさこそ、十明さんのソング・ライティングの魅力だと感じ入りました。
十明 「NEW ERA」は大学入試で夢に向かって進む人の音楽を作ろうと思った時に、前向きな歌詞を書きました。私は捻くれた部分があるのですが、そんな私が憧れていたのは、夢を追って聡明に生きる毅然とした女性だったなと思って。自分の理想とする姿を映し出した楽曲にしました。
バァフ 〈苦労人、狂人?lonely? 知ったこっちゃないし〉のラインが特に好きです。
十明 私もテンポ感がいいなと思って。夢に向かって頑張っている人は、時々突拍子のないことをしたりすることもあるだろうし、周りから見ると怖く見える時もあると思うんですね。コツコツ内に秘めたものを吐き出しているというか。だけど、そうした努力をしている人はきっと報われると思うんです。苦労人や狂人と言われながら、孤独にもなる。そういうところをいいリズム感で届けられました。
バァフ ただ単純な応援ソングではなく、狂気も抽出しているからこそ、お約束になってなく。刺さりまくります。
十明 狂っちゃうくらい頑張っている人の、背中を押すような曲であってほしいと思っていて。それが上手く棘として出すことができたならよかったです。
バァフ 十明さんはロジカルなソングライターだと、今日お話しさせていただき、感銘を受けました。
十明 「夜明けのあなたへ」で優しい曲を制作しようとしましたが、勢いだけでは優しくなれませんでした。今までとはちょっと違う作り方をしたんだなと、今日お話しをしていて実感しました。
バァフ 新しい扉が開きましたね。
十明 開きました! 今まで刺々しい楽曲が多かったので、こんなにも優しい曲を作れるんだなと驚きです。
『夜明けのあなたへ』
6月7日配信
〈EMI Records / ユニバーサル・ミュージック〉
Ⓒ2024 ヤマシタトモコ・ 祥伝社/「違国日記」製作委員会
映画『違国日記』
監督・脚本・編集/瀬田なつき
原作/『違国日記』ヤマシタトモコ〈祥伝社〉『FEEL COMICS』
出演/新垣結衣、早瀬 憩、夏帆、小宮山莉渚、瀬戸康史、他
6月7日全国公開