繊細でありながら魂の宿った芯のある歌声とじっと耳を傾けたくなるメロディ。どんな精神状態にあってもiriの歌を聴けば救われるように感じるのは、言葉にし難い感情を丁寧に掬い上げ、美しい表現へと昇華してくれるからであろう。彼女の楽曲を聴き、自分自身を肯定してくれるような温かみのある包容力を感じたことがある人も少なくないはずである。
3月には自身初の〈武道館〉ワンマン・ライヴ『iri LIVE at 武道館』の開催を果たし、初のアジア・ツアー『iri Asia Tour 2024』も先日完走したばかり。活動規模も着実に大きくなっているが、音楽に対する姿勢は本格的に歌い始めた当初から変わらず、常に試行錯誤し、その先を見据えているマインドからも彼女の強さやこだわりが窺える。今回のインタヴューでは、日本のみならず海外でも愛されている彼女の音楽について、リキッド・ファンク・チューンの新曲「Run」のことを中心に、ライヴや楽曲制作に関して訊いた。
バァフ 初の〈武道館〉ワンマン・ライヴ、お疲れ様でした! 大きなステージを終えた今、心境はいかがですか?
iri (〈武道館〉を終えて)落ち着いたと思ったらアジア・ツアーが始まり、ソワソワしていた感じはあるんですけど(笑)。元々、「〈武道館〉に立つことが夢だ」という気持ちはそんなになかったタイプだったんです。でも、実際にステージに立ったら、「ここまで来られたのか」と実感して。平日公演だったにも関わらず、お客さんもたくさん来て下さって、改めてサポートしてくれている皆さんに感謝だなという気持ちがずっと続いています。
バァフ セットリストも拝見したのですが、新旧織り交ぜていた印象で。ライヴの構成はどのようなイメージで進めていきましたか?
iri 公演当日、新曲「Run」をサプライズ配信するというのは決まっていたので、それは絶対に外せなくて。デビュー時のリード曲「rhythm」を入れたいとか、自分のスタートは弾き語りだったので弾き語りで本編を終わらせたいとか……やりたいことはいくつもあったんですけど、すべて選んでいくと時間が足りなかったんです。「rhythm」は色々と新しいことがスタートする時に、「自分が流されていかないように自分は自分のリズムで進んでいこう」という決意を歌詞にした曲で。なので、節目の時に歌いたくなるというか、ずっと持っていたい気持ちが詰め込まれているというか……どの楽曲も思い出はあるんですけど、特に思い出の深いものを〈武道館〉では演奏した感じですね。
バァフ サプライズ披露された新曲「Run」はタイトル通り疾走感を感じさせる楽曲ですが、制作はどのように進んでいったのでしょうか?
iri 「〈武道館〉公演当日の0時にリリースされて、お客さんが会場に行くまでに聴いて……」など、自分がファンだったらどんなテンション感の曲がアガるのか?と考えたんです。でも、ワイワイ踊れてポジティヴでハッピーな楽曲ではなく、ちょっとクールでもあり、ストイックすぎず疾走感のある楽曲を用意したかったんですよね。〈武道館〉を終えたその先をイメージさせるような楽曲を作りたかったというか、これからの決意を示すというか。そういうのを含めてサウンド感も「こういう感じが良い」というのをサウンド・プロデューサーのTAARくんと話して、挙がってきたのが「リキッド・ファンク」で。元々、ロバート・グラスパーとノラ・ジョーンズの「Let It Ride」という曲がすごく好きで、デビューする前にジャズ・クラブとかでよく歌っていたんですけど。そういう、疾走感があって細かいビートではあるんだけど歌が漂っているような曲をずっとやりたかったんです。でも、なかなかやる機会がなく、〈武道館〉のこのタイミングだなと思って(笑)。
バァフ サウンドから入っていってリリックを乗せた流れなのですね。リリックはどのように書き進めていきましたか?
iri リリックを書くのは結構難しくて……。ちょうど自分のパフォーマンスや楽曲、作品に対して、自信が無くなっていた時だったんです。すごく細かいビートに歌を乗せるのも結構難しくて、それも苦戦したところでもあるんですけど。何を歌いたいんだろう?と悩みながら、書けないかもと思った時にTAARくんに「全然書けない、歌詞が出てこない」と連絡をしたら、長文のメールで肯定してくれて(笑)。その長文を読んで、色々と自分の中で整理されたというか目が覚めたというか……その瞬間に一気に歌詞が書けて。TAARくんが言ってくれた言葉のおかげで前向きに歌詞が書けましたね。
バァフ 書き終えた後、どのようなマインドがリリックに表れたと感じましたか?
iri 自信を無くしている部分やちょっと停滞している自分を復活させて、走り出すみたいな。今まで過去のことや先のことを気にし過ぎて、全然進めなくなっていたんですけど、止まっていた分を取り返す気持ちで書いた感じですね。
バァフ たくさん悩まれた中で出来上がった「Run」ですが、披露した時のお客さんのリアクションはいかがでしたか?
iri 〈武道館〉で初披露した時は、すごく盛り上がりました。でも、ノリ方が難しくて。ヒップホップとかのビートだとノリ方が分かりやすいんですけど、「Run」はめっちゃ刻んでいるから、どうノっていいか分からない姿にキュンキュンしましたね(笑)。アジア・ツアーで台湾に行った時も、その曲だけ「どうやってノろう……」と辿々しさがあって(笑)。
バァフ (笑)それこそ、アジア・ツアーも終えたばかりですが、海外の皆さんの反応はどのように感じましたか?
iri 最初はTAARくんと2人で初めて韓国にお邪魔し、DJセットでライヴをしたんですけど、すごく待っていてくれていた感じがあって。あと、台湾は2回目だったんですけど、前回の4倍くらいキャパシティのある大きな箱でできたんです。日本語が分かる方も多くて、歌詞も含めてすごく聴いてくれているんだろうなというのをより感じましたね。前回行った時、「Shade」のMVも撮ったりと思い出のある場所なので、また行けて良かったなと。
バァフ 6月からはライヴハウス・ツアー『iri Live House Tour 2024 “Run”』も始まりますが、どのようなツアーにしたいと思っていますか?
iri 〈武道館〉は決め事もあってカチッとしたライヴだったんですけど……今回はお客さんとの距離も近いし、アレンジも試みて自由な感じで演奏できたらなと思います。(取材時)リハはまだですが、色々と面白いことができたらと考えています。
バァフ 楽しみにしています! iriさんが影響を受けたアーティストや音楽はありますか?
iri アリシア・キーズやエイミア・ハーツ、さっき言ったグラスパーもそうで。邦楽だと、七尾旅人さんや旅人さんの楽曲「Rollin’ Rollin’」のフィーチュアリングのやけのはらさん、5lackさんとか邦楽ラッパーに影響を受けています。
バァフ iriさん自身の音楽にも、その影響は表れているというか……。
iri あると思います。最初はギターの弾き語りから始まり、平たい感じのメロディを歌っていたんですけど、だんだんビートを刻むようになってきて。多分、邦楽ヒップホップを聴くようになったからだと思うんですけど、でも、バンドも好きでロック・バンドのライヴに行ったり。なんでも好きなんですよね。
バァフ ギターの弾き語りを始めたきっかけは何かありましたか?
iri 最初は鍵盤にトライしたんです。元々、楽器は全く弾けなくて、楽譜も読めないしコードも分からないので適当に押さえ方を覚えて。カフェで弾き語りをしたら全然指が進まなくて、ピアノは辞めました(笑)。それでギターで弾き語りをしたいなと思った時に旅人さんを知って。旅人さんのライヴは自分が弾き語りを始めるきっかけになったんですけど、観に行った後日、「ギタレレ」というガットとウクレレのハーフみたいなものを旅人さんがプレゼントしてくれたんです。その後、旅人さんと電話をしながら、「ここを押さえてみて」と伝授してもらって(笑)。適当に押さえていても曲はできるんだなと思い、そこから(音楽制作アプリの)GarageBandやボイスメモでスリーコードとかツーコードをループさせて曲を作り始めましたね。
バァフ リリックも当時から書いていたのですか?
iri やばい詩みたいなものはいっぱいノートに残っているんですけど(笑)、メロディに乗せることはあまりしたことがなくて。ギターを弾き始めたのと同時にリリックは書き始めました。
バァフ iriさんは言葉にするには難しい気持ちや心情を、言語化してくれる印象で。どのような時にリリックを書くことが多いですか?
iri 自分が悩んでいることや嫌だったこととか、そういうネガティヴなものを言葉にするのは難しいんですけど、メロディに乗せていくと不思議とポロポロと言葉が出てくるみたいな感じです。
バァフ 書いていく中で、ビビッとくる瞬間はありますか?
iri よく、何を言っているか分からないと言われることが多くて(笑)。実際に辞書にないし、意味が繋がっていないとか言われるんですけど、それが面白さというか。例えば「半疑じゃない」とかも曲で聴いた時に、聴いた人が感情や景色をなんとなくイメージできれば良いだけで。私はそれが歌詞とかメロディの面白さ 音楽の面白さだと思っているから、そういうフィーリングは良いなと感じています(笑)。その人にしか思い付かなかったことは価値のあることだと思っていますね。
バァフ 実体験がリリックに映されるというのは?
iri ほぼほぼ、99.9%そうです(笑)。
バァフ そうなのですね(笑)。活動をされる中で、今後のヴィジョンとして想い描いていることはありますか?
iri 常に迷っていて。音楽を辞めて違うことを始める方も多いし、私も長くやれるのかなと考えたりもするんですけど 自分には音楽しかないと思えるのは、ライヴはもちろん、感情を吐き出すのも音楽にしかないと感じているからです。あと、もっと海外公演を増やしていきたいというのはありますね。今回はアジア・ツアーでしたけど、アメリカとか違う国の人たちが自分の音楽をどのように聴いているのか気になるし、自分の歌声や楽曲がどこまで海外で需要があるのかという挑戦はこれからしていきたいと思います。制作も含め、日本でも海外でもどんどんライヴをやっていきたいですね。
『Run』
配信中
〈カラフルレコーズ / ビクターエンタテインメント〉
INFORMATION OF iri
6/1より全国12ヶ所を巡るライヴハウス・ツアー『iri Live House Tour 2024 “Run”』が開催決定。
【WEB SITE】
www.iriofficial.com
【X】
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【Instagram】
@i.gram.iri
【TikTok】
@iri_official_
【YouTube】
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