CULTURE

親交の深い共演者と共に、宮沢和史が音楽生活35周年アルバム『〜35〜』をリリース

MAY. 15 2024, 11:00AM

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対話 / 山崎二郎
構成&文 / 當山直花

1986年にTHE BOOMとしてデビューし、その後沖縄の文化や芸術に関わる活動もおこなっている宮沢和史が、音楽生活35周年を迎えた。それを記念したアルバム『〜35〜』は、宮沢の音楽仲間をゲストに迎えたこれまでを総括するような1枚である。様々な世代のゲストとのコラボレーションにより、宮沢自身の生き様が表れるようなヴォーカリストとしての魅力を存分に引き出している今作。既存の楽曲が、世代を超えたゲストと共に、これまでと違った角度からのアプローチによって生まれ変わっている。社会問題や気候変動などにも高く意識を持っている宮沢だが、35年という節目に、精力的に新しい創造をし続けているゆえんや、今作の制作過程について訊いた。

人を許せる気持ちを感じるようになりました。でも、ここぞという時に1行、ちゃんと言いたいことが書けるソングライターでいたいです

   35周年アルバム『〜35〜』のレコーディングはどのようにして始めましたか?

宮沢 僕の世代は、アルバムの制作はコンセプトを考えてから、ということが多くて。自分の作品を振り返っても、「今回は南米をテーマにしよう」など、コンセプトから作り始めることが多かったです。でも今回は1曲ずつこういうことをやろうとか、あの人とやってみたいとか、肩肘張らないような思いつきで進めたらこれだけの曲が出来上がったという感じで。結果的にはコラボレーション中心の、共演のアルバムになりましたね。

   いろんな方との組み合わせが聴いていてすごく新鮮で。今までもライヴでは様々なミュージシャンの方々と共演されていましたが、音源で聴くとまた違った味わいになっているように感じました。

宮沢 そうですね。一回り以上年齢が下のアーティストと共演したり。「Drawing it」で共演した沖縄のバンドHoRookiesは、自分の子どもより若い子たちだったり(笑)。「島唄~琉奏~」も僕の子ども世代の若者がアレンジをしていて。片や、「星のラブレター」は岸谷 香さんなので、同世代の同じ時代を生きた人と共演もしています。「午前0時の近景」はアレンジが高野 寛くんで。

   盟友ですね。

宮沢 はい。だから新旧いろんな想いが入っていますね。

   HoRookiesとはどんな経緯で共演することになったんですか?

宮沢 沖縄で良いバンドが台頭していると聞いて。HoRookiesはBEGINの比嘉栄昇くんの息子さんがメイン・ヴォーカルで、津波信一くんの息子さんもベースで入っている2世バンドで、一度共演してみたら、とても人間性が良くて、真面目で一生懸命取り組むし、音楽が大好きな人たちだと感じて。ちょっと応援したい気持ちで、最初は僕のライヴのバック・バンドをやってもらったり、イヴェントに呼んだりしていたんですけど、この機会に記録に残るものを録ることになりました。「Drawing it」は沖縄の企業CM(〈トーラス〉)の曲なので、そういう意味でも沖縄のバンドがいいかな?と思って、参加してもらいましたね。

   必然性がありますよね。「Drawing it」は彼らと演奏するという前提で書いた曲なんですか?

宮沢 その企業CMが、沖縄が10年後も良い島であることを願う内容の企業CMだったので、それはやっぱり若い子たちが演奏した方が未来を感じられるし、フレッシュだと考え、曲を書いている時点で彼らにお願いしようと決めました。

   そのような繋がりなんですね。「恋をする時」を作曲されている和田 唱さんとは、以前、宮沢和史&TRICERATOPSとして活動もされていました。

宮沢 うん。僕はTRICERATOPSが好きで、バンドを組んでいたこともあったくらい。3人のことをよく知っているので、この歌詞を彼に渡したらどんな風になるかな?と。「恋をする時」は雷に打たれたみたいに、まだその人のことをよく知らないのに好きになっているという、好きな人のことをこれから知っていく喜びを表現した曲です。10代の頃にそういうことがあったけれども、大人になってもありますよね。50歳になっても60歳になっても。ちょっと初々しい気持ちで歌詞を書いていたんですけど、和田くんが結構大人っぽいメロディを付けてきてくれて。

   先に言葉があったんですね。

宮沢 はい。とても良いバランスになったと思います。大人の恋愛観みたいな感じですかね。

   今の年齢の宮沢さんが歌うこの歌詞はすごく染みますね。

宮沢 「遠影〜album mix〜」の藤巻(亮太)くんは同じ山梨県出身なんですけど、この歌詞は故郷のことを想って書いているんですね。それを同郷の人間に託すっていうのが面白いなと思って。藤巻くんは同じ景色を見て育っているから、どんなメロディを付けてくるかな?と楽しみにしていました。歌詞だけ読むと、ちょっと切ない、甘酸っぱい感じがあるのですが、彼が力強く明るい曲を付けてきたので、バランスが良くなって前向きな歌になったんです。過去にはもう戻れないけど、でもあの頃は美しかったな、じゃあ、明日は明日で美しく生きてこうという想いに、曲が導いてくれて。歌詞だけ読むと、ちょっと切ないです。

   そうですよね。バラードが似合うような歌詞でもありますし。

宮沢 それを強い曲に持っていったのはさすがだと思いました。この曲はレコーディングも藤巻亮太のバンドで演奏していて、和田くんに頼んだ曲はTRICERATOPSで演奏したので、「もう自由にやってくれ、自分のバンドでやるつもりで」とお願いしました。

   そして、同世代を生きてきた、岸谷 香さんとの「星のラブレター」。これはどんな流れで制作されたんですか?

宮沢 東日本大震災のチャリティー・コンサート(『The Unforgettable Day 3.11』)を彼女が仙台で、ずっと何年も旗を振ってやっていて。そこに出演させてもらった時に、彼女のバンドでこの曲を演奏したんですけど、そのバンドがすごく良くて。曲自体は大学生の時に作ったので、僕の青春のような曲なんですけど。

   そうなんですね!

宮沢 だから、香ちゃんと僕たち世代だけで作ると、ちょっとノスタルジックになると思うんですよ。でもバンド・メンバーが若いので、新しく生まれた彼らの曲みたいになって大成功だったと思います。

   「からたち野道〜35 ver.〜」では坂本美雨さんと共演されています。

宮沢 彼女が小学生の頃から知っているんですけど、今作で何曲か一緒にやることは決めていて。どの曲にしようか?と最後まで悩んだのですが、彼女が僕の故郷でライヴをやった時にこの曲を歌ってくれたこともあり、この曲に決めました。レコーディングではピアノと二胡と津軽三味線。普通はあまりない編成です。

   珍しい編成ですよね。

宮沢 譜面もなく、せーので演奏したんです。それも上手くはまりました。これを聴くと、きっとどの地域で育った人も故郷を思い出すんじゃないかな?

   誰でも感じるであろう郷愁感があります。お話を聞いていると、宮沢さんのアルバムなのに、宮沢さんがいろんなところに他流試合に行っているような不思議な感じがします。共演されている組み合わせにも必然性がありますし。

宮沢 そうですね。おっしゃる通りです。「島唄〜琉奏〜」の「琉奏」とは琉球古典音楽の楽器での演奏という意味で。琉球古典音楽と民謡の違いを知らない方も多いと思いますが、使っている楽器はほとんど一緒なんですよ。琉球古典音楽は、国が公式に認めた歌と踊りで。琉球古典音楽は箏と胡弓、三線、笛と太鼓の編成で、それを演奏する人たちのことを地謡と言います。それで、他の楽器を入れずに「島唄」でやってみようと。「島唄」は31年前に発表した、ロックと沖縄民謡の合体で作りましたが、その後30年かけてロシアや南米などいろんなところでも歌って。そこで一回りして原点の琉球古典音楽という沖縄の核に立ち戻ってみようと思いました。想像以上に地謡が「島唄」にはまって、原点に戻ってきたと感じています。

   その構想は以前からあったんですか?

宮沢 いや、「島唄〜琉奏〜」の歌い手である親川 遥さんと出会ったことがきっかけです。沖縄のテレビ番組で出会ったんですけど、2年前に僕が大阪で立ち上げた沖縄のフェスティヴァル(『大阪・大正 沖縄フェスティバル2022、2023 ~沖縄からの風~』)に参加してもらってから親しくなりました。彼女は琉球古典音楽演奏家なんですが、彼女の三線と歌、そして地謡のみなさんと共演したら先祖返りできるなと。彼女との出会いは大きかったですね。

   お2人の声の相性も素晴らしかったです。

宮沢 そうですね。「午前0時の近景」は高野 寛によるアレンジなんですけど、さすがだなと。音が良いし、足りないものも余計なものもなくて。

   アレンジは高野さんにお任せだったんですか?

宮沢 僕が簡単なデモ・テープを作って、それを投げて、構築してくれました。THE BOOM、GANGA ZUMBA、ソロとずっと一緒に曲を作ってきたので、僕の気持ちがすごく分かるというか。「宮沢は今、こんな気分だろうな」と考えて制作してくれるので助かっています。

   「午前0時の近景」の〈未来へ向かっていることを〉というフレーズに、次回作を期待してしまいます。

宮沢 でも現在、世の中の先が不透明ですよね。子どもたちにろくな社会を残してあげられないような。戦争もどんどん始まってくし。でも、絶対明日の方が今日よりも良い日になるんだ、明るい日になるんだと思いたいし、みんなが思えば絶対そうなる、というメッセージですね。そこは信じたいです。この地球という僕らを乗せた船は迷走しているけど、未来を探していることは信じたいし。みんなでそう信じれば絶対良い世の中になると思うんですけどね。

   そのような歌を今でも書いていらっしゃることこそ、ソングライターとしてとても信頼できるところだと再確認いたしました。

宮沢 最近は自分の想っていることを素直に曲にできるようになったというか。昔はもう少し自分を大きく見せようとか、強く見せようとか、そういう曲の作り方もなくはなかったんです。今はもう本当に日記をつけるように曲ができるので、曲作りが楽になりました。でも、最近変わったところは作詞から始めるところです。昔はメロディから始めていたので、後でジグソー・パズルをはめるみたいに歌詞を書いていました。今はもう言いたいことは明瞭で、あとはそれを伝えるためのメロディを付けるだけ。昔だったら人に曲を頼むことをしなかったんですけど、今は楽しみになりました。言いたいことは自分の中にあるので、それをどういう体温で伝えてくれるのか楽しみなんですね。特にコロナ禍で日々1人でいると、「これじゃいかんな」とか、「絶対にコロナは終わるぞ」みたいなことが、自然と言葉になっていきました。そこから完全に歌詞が先になりましたね。

   歌詞を書くぞ、と意識するのではなく、自然な言葉として出てくるものが、歌詞として羅列していくような感覚ですか?

宮沢 そうですね。すごく等身大のものが音楽になっています。昔はもう少し実験的でしたし、誰も聴いたことがないポップスやロックを作ることが生きがいでした。最近は、今の年齢で言えるエッジの効いた1行とか、そういう歌詞を書きたいです。年齢を重ねるに従って、丸くなって、人に優しくなって、包容力が付いていくし、人を許せる気持ちを感じるようになりました。でも、ここぞという時に1行、ちゃんと言いたいことが書けるソングライターでいたいです。

   音楽生活35周年コンサート『君と探してる楽園』と、6月にはご出身である山梨県で『ふるさと山梨にて愛と平和を歌う Love Songコンサート2024』が控えています。

宮沢 山梨県でのライヴは武田信玄を祀っている神社の能舞台である〈武田神社 甲陽武能殿〉でおこなうのですが、どのくらいの楽器が舞台に乗ると、底が抜けてしまうのか? ピアノは置けるのか?など、調整を進めています。地元であるこの場所でライヴができて嬉しいですね。

『〜35〜』
発売中
〈よしもとミュージック〉

INFORMATION OF KAZUFUMI MIYAZAWA

5月25日、6月1日〈日比谷野外音楽堂〉〈服部緑地野外音楽堂〉にて音楽生活35周年コンサート『君と探してる楽園』開催。6月9日〈武田神社 甲陽武能殿〉にて『ふるさと山梨にて愛と平和を歌う Love Songコンサート2024』開催。

 

【WEB SITE】
www.miyazawa-kazufumi.jp

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@miyazawa_info

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