歌舞伎を歌舞伎町で観るというのは、なんだか心が沸き立つ。中村七之助は「当時と少し目的は違っても、色恋の生まれる、昔でいうところの吉原みたいな街と言えるのかもしれないですね」と言っていて、確かに、ここは様々な情が生まれる歓楽街だ。『歌舞伎町大歌舞伎』は、開業1周年を迎えた新宿の〈東急歌舞伎町タワー〉の〈THEATER MILANO-Za〉にて、5月3日~26日に上演される。地名の由来となった歌舞伎を生で観られる、特別な機会でもある。
中村勘九郎と中村七之助が率いる中村屋は、歌舞伎の古典を大切に継承しながらも、『渋谷・コクーン歌舞伎』や『赤坂大歌舞伎』など、初めて歌舞伎を観る人も楽しめる公演を開催し、間口を広めている。父である十八世中村勘三郎は、誰にでも歌舞伎を身近に親しんでもらおうと様々な取り組みをしていた。2人はその遺志を受け継いで、新しい試みに果敢に臨んでいる。
取材は、『歌舞伎町大歌舞伎』の宣伝ヴィジュアルの撮影と同日におこなわれた。ホストの出で立ちは、歌舞伎町という場所にちなんだ宣伝用の企画のもので、そのまま小誌の撮影にも臨んでもらった。普段なかなか見られない姿も写真で堪能して欲しいと思う。
今日は『歌舞伎町大歌舞伎』宣伝ヴィジュアル撮影用の、ホストの出で立ちのままご登場いただきました。お似合いです!
七之助 ありがとうございます、と言って良いのかな(笑)。今日は宣伝用の写真撮影だけだと思っていたので、媒体さんの撮影もあるとは知らなかったんですよ。これはシャレですからね、まともに取られると困っちゃうから(笑)。今は宣伝がすごく大切な時代になりましたので、何か面白い試みをしてみようと。歌舞伎というものは、その土地や街に根付くものだと僕は思っているんです。なので、新宿と言えばみたいな感じでホストに扮する企画が盛り上がったんですよね。
先日おこなわれた記者懇談会で勘九郎さんが、「初めて歌舞伎をご覧になるお客様も肩の力を抜いて、歌舞伎ってこんなに身近なもので、こんなに分かりやすくて理解できるものなんだ、と思えるような作品をラインナップしています」とおっしゃっていて。演目はどのように選定されたのですか。
七之助 最初は、例えばドロドロしたお話も歌舞伎町にぴったりじゃないか?とか提案をさせていただいた部分もあったのですが、劇場さんの方から古典の希望をいただいたこともあり、この3演目になりました。歌舞伎や演劇のお話でいうと、お客様はコロナ禍以降、まだまだ生の舞台に足が遠のいてしまっていると思うので、『正札附根元草摺』というおめでたい踊り、『流星』というコミカルな踊りがあって、僕が主演の落語「貧乏神」をモチーフにした世話狂言の新作歌舞伎『福叶神恋噺』で、お客様の目と耳が常に楽しんでいただけるような演目を考えました。『流星』には甥の勘太郎、長三郎も出演しますから、そりゃもう可愛くて見どころですよ(笑)。
(笑)個人的に歌舞伎を観るようになったきっかけが、かつて〈TBS赤坂ACTシアター〉で上演された『赤坂大歌舞伎』で、こちらも初心者向けに考えられた親しみやすい演目だったと思います。お芝居や踊りはもちろん、舞台上の美術や場面転換など、ビギナーとしては演出的なところで引き込まれる部分もあったのですが、今回はどういう内容を考えていらっしゃいますか?
七之助 自分が出演する『福叶神恋噺』で言うと、落語をベースとした歌舞伎はこれまでにもあるので参考にしつつ、落語のあのテンポ感をどう歌舞伎に落とし込むかは、うちの兄(勘九郎)がすごく気にしている部分でもあるんです。噺家さんは語りの中で、場面を違うシチュエーションに1秒で変えられるじゃないですか。そのテンポ感を大事にしたいから、例えばいちいち暗転にしてみたりとか、色々と試したいとは思っています。とはいえ実は、今の時点ではまだ脚本ができてないので正確なことはお話できないんです(笑)。〈THEATER MILANO-Za〉で歌舞伎がおこなわれるのは初めてなので、どんな舞台機構を使えるかなどもこれからですが、お客様が取り残されてポツンとならないように楽しく工夫したいなと思います。
『福叶神恋噺』のモチーフとなっている落語「貧乏神」のあらすじを読むと、貧乏神が金持ちの人を狙って貧乏にしていくのかと思いきや、貧しい人のところにやってきて働かせる神様なんですよね。しかも七之助さんが演じる貧乏神のおびんは女性で(落語では男性)、どう演じようと考えていますか?
七之助 中村虎之介くんが演じる辰五郎は腕が良い大工なので、本来だったらこの人に付いていたらおびんは優秀な貧乏神になれるのに、何をしても辰五郎が働かないんだからしょうがないよね(笑)。そうしたコミカルな部分もありつつ、切ない恋愛の部分が観てくださる方に伝わる作品にしたいなと思っています。
虎之介さんは近年、共演も多いです。七之助さんから見てどういうところが素敵な役者さんですか?
七之助 昔からうちの父のことを大好きでいてくれて、父の歌舞伎を見て「歌舞伎役者になりたい、一生懸命道を進む」と言ってくれたんですよ。それは、僕は息子として嬉しいですし、最近ではめきめき実力を上げています。(虎之介の父の)中村扇雀さんや勘三郎の教えを胸に、ずっと試行錯誤しながらやっているので、とても魅力的ですし、どこか物怖じしない堂々とした姿がまた良いんですよね。時には考え込むんですけれど、何かパッと周りが明るくなるような役者さんで、ここまで様々な壁をポンッと超えられるのはすごいことです。ちょっとファンキーというか、他の歌舞伎役者では出せない色があるのも彼の個性だと思います。
タイトルに「恋」が入っているので、虎之介さん演じる辰五郎と恋愛感情が生まれるお話になると思います。七之助さんは歌舞伎の恋物語をたくさん演じてきて、現代の恋愛観との違いをどう感じていますか?
七之助 歌舞伎の話は全般的にそうですけれども、昔の方が男尊女卑の傾向が強かったと思うので、今の意識とはまったく違いますよね。でももしかしたら、一途だからこそ、心中や殺人事件みたいなことがよく起こっていたのかもしれない。待ち合わせをするにしても簡単に会えないですし、生きるということに対して1つひとつを大切にする気持ちは、今よりあったんじゃないかなと思うこともあります。ただ、時代が変わっても、人を一途に想う気持ちはずっと続いていくんじゃないかなとは思いますけどね。
歌舞伎町という場所は、特に毎晩、恋が生まれる場所でもありますよね。
七之助 当時と少し目的は違っても、色恋の生まれる、昔でいうところの吉原みたいな街と言えるのかもしれないですね。お仕事なので嘘の恋もあるだろうけれど、本当に恋愛関係になってしまう人もいるだろうし。人の欲望というか、いろんな情念が混ざっている場所なのかなとは思います。
歌舞伎町という土地の成り立ちを調べたら、歓楽街になったのは意外と歴史が浅く戦後で、復興の中で元々は歌舞伎を観られる劇場を作ろうという計画があり「歌舞伎町」と名付けられたのだと知りました。今回、歌舞伎町で歌舞伎を上演するにあたり期待していることは?
七之助 そうそう、由来になっているんですよね。まさか歌舞伎町で上演できるとは思っていなかったので、すごく楽しみです。初めての街なのでどういうお客様が来てくださるのか未知数ではあるんですけど、ホストの方や近くで働いている方々も、どんな方でも気楽に観に来てほしいです。それにこの〈東急歌舞伎町タワー〉自体は、外国の方向けの飲食店なども入っているそうなんですよ。海外からいらした方が楽しめる日本らしいお店もあるし、そういった場所で歌舞伎という日本のトラディショナルな舞台をやっているのだなと、軽い気持ちで観に来てくださったら嬉しいなと思います。
ジャケット(93,500yen)、パンツ(46,200yen) / 共に、GalaabenD(3RD[i]VISIONPR tel.03−6427−9087) バングル(4,950yen)、リング(3,850yen) / 共に、LHME(Sian PR tel.03−6662−5525) イヤーカフ(29,700yen) / PLUIE(PLUIE Tokyo tel.03−6450−5777) ※すべて税込
『歌舞伎町大歌舞伎』
『正札附根元草摺』中村虎之介、中村鶴松
『流星』中村勘九郎、中村勘太郎、中村長三郎
『福叶神恋噺』中村七之助、中村虎之介、中村勘九郎
5月3日~26日まで〈THEATER MILANO-Za〉にて上演。
【WEB SITE】
www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/24_kabuki
www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/849
INFORMATION OF SHICHINOSUKE NAKAMURA
10月2日~20日まで、全国10カ所の会場でおこなわれる、十八世中村勘三郎十三回忌追善『中村勘九郎中村七之助錦秋歌舞伎特別公演2024』公演が決定。
他、6月1日~24日〈歌舞伎座〉『六月大歌舞伎』、7月12日〜7月15日『第8回 信州・まつもと大歌舞伎』、11月2日~26日〈明治座〉『十一月花形歌舞伎』に出演予定。
【WEB SITE】
www.fernwood.co.jp