CULTURE

国を動かし法を作った映画『Firebird ファイアバード』。冷戦時代の愛の実話をペーテル・レバネ監督が繊細に紡ぐ

FEB. 13 2024, 11:00AM

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撮影 / You Ishii
文 / 多田メラニー

1970年後期、ソ連占領下にあったエストニアの空軍基地でまもなく兵役終了を迎えようとしている二等兵・セルゲイ(トム・プライヤー)は、モスクワで役者になることを夢見ていた。そんな折、セルゲイと同じ基地にパイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が配属されてくる。初めて顔を合わせた瞬間から互いに心を惹かれていた2人は、写真という共通の趣味をきっかけにゆっくりと密やかに愛を育んでいく。同性愛が固く禁じられた当時、法を犯した者には即刻厳罰が施され、規律が厳格な軍隊に於いても2人の関係は断じて許されなかった。法に加え、クズネツォフ大佐(ニコラス・ウッドソン)ら周囲の何気ない言葉や固定観念によって彼らの愛は阻まれるだけでなく、セルゲイの親友で女性将校のルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)との間柄も、ロマンを巡り悲劇的な三角関係へと発展するのだった。

 

長編映画『Firebird ファイアバード』の監督を手掛け、主演のトムと共に共同脚本も務めたペーテル・レバネは、かねてから故郷エストニアで同性婚を認めさせるためのロビー活動をおこなっており、自身も含めセクシャルマイノリティの人々が自由と権利を平等に手にできるよう幾度も立ち上がってきた。本作の主人公のモデルであり原作者のセルゲイ・フェティソフの回顧録『ロマンについての物語』、そして本人と出会ったことで、映画を結実することを誓い邁進した。そして2021年、本作がエストニアではLGBTQ 映画として初の一般劇場公開、配信を果たす。さらには2023年3月に、同性婚法案が議決。セルゲイの想い、本作の持つメッセージの強さが時代を動かす結果となった。

 

2023年12月中旬、エストニアに滞在中のレバネ監督にリモート・インタヴューを受けていただいた。とても穏やかで優しく、1つひとつの質問に誠実に答えてくれ、何よりセルゲイ・フェティソフという素晴らしい人物を知って欲しいと言葉の端々から想いが溢れる。同性婚法案が施行されたのは、その数週間後のことだ。

人や世界というのは、“グレー”がいくつにも重なりグラデーションになっているんじゃないか

   監督の背後にたくさんの本が並んでいますが、今はどちらにいらっしゃるんですか?

レバネ エストニアの森林地帯にある、いわゆるホーム・オフィスです。(カメラを窓の方へ向けて)外はこんな感じの景色が広がっていますよ。『Firebird ファイアバード』の脚本の大部分を考えたのもこの場所でした。もちろん原作ありきですが、こういう自然に囲まれたような落ち着いた場所にいて、瞑想などができる環境だと色々なディテールが湧いてくるんですよね。

   穏やかな自然の色彩が目にも優しい素敵な場所ですね。早速ですが、本作は原作者であるセルゲイ・フェティソフの回顧録を読み終えた直後に映画化を決められたとのことで、どんなことに一番心を突き動かされたのでしょう? あまりにも素晴らしいセルゲイの愛の物語に触れたことで、これを社会に届けなければという、ある種の使命感みたいなものも?

レバネ セルゲイ本人とお会いした時に、「必ず世界に伝えていきます」と約束したものですから、もちろん義務感、使命感もありました。この作品との出会いからお話しすると、私から原作を探しに行ったというよりもたまたま私の元へとやってきてくれたんです。エストニアの首都・タリンでは、27年ほどの歴史を誇る『タリン・ブラックナイト映画祭』というのがあって(レバネ監督も審査員を任命されている)、ディレクターを務めるティナ・ロックの知り合いにロシア人ジャーナリストのセルゲイという人物がいたんですね。そう、彼は原作者のセルゲイと同じ名前で、しかも本人とも友達でした。それで、ジャーナリストのセルゲイが、ティナ、さらには私へと回顧録を紹介してくれたのがこの物語の発端です。今いるホーム・オフィスで週末に一気に読んだところ大変感動して泣きまして。何という悲劇だと思う部分、そしてヒューマン・ストーリーに突き動かされるものがありました。

劇中のモスクワの演劇学校のシーンで、教授が色々と話をするじゃないですか。あの役は元々、セルゲイ本人に演じてもらうつもりでしたが、残念ながら撮影開始前にお亡くなりになってしまったので叶わなかったんです。なので代わりに、彼の友達で映画作りのきっかけとなったジャーナリストのセルゲイに出演してもらいました。

   運命的な出会いから始まった企画だったのですね。セルゲイの生前、ご本人に幾度もインタヴューを重ねて脚本を練り上げていかれたそうで。セルゲイの、特に興味深く感じた部分はどのようなところでしたか?

レバネ 彼のことなら何時間でもお話しできますよ(笑)。私自身、本作の舞台であるエストニアの出身で、セルゲイと同じく一人のゲイの人間として非常に共感するところがありました。私の幼少期は、それこそソ連の支配下にあったエストニアで育ったものですから、家族が所有する小屋のすぐそばにも空軍基地があるような環境だったんですね。なので、この物語に遭遇した時に、あの時代にこんなことが起きたのかという驚きがありましたし、 私自身との繋がりも惹かれた部分でした。

セルゲイとはモスクワでお会いして、3日間ほどランチやディナーを一緒に食べながらあれこれ話をさせていただいたんですが、本当に優しく美しい心を持った方で。当時の苦々しい気持ちを引きずっているような人ではなかったんです。とても温かい人だった。主演のトム(・プライヤー)は、そんなセルゲイを本当に上手く、共感たっぷりに演じてくれていたなと感じます。ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)へのある種の愛も、ちゃんと表現してくれていた。

   本作でトムは俳優だけでなく共同脚本家としても参加されていて、ご本人にもお会いしている分、トム自身の共感から表現されていったところが多分にあったのかもしれませんね。

レバネ そう思います。人生が思わぬ方向に進んでしまう、そうした時の心情も上手く表現してくれました。あの、セルゲイのエピソードをまた思い出してしまって、もう1つ小咄をしてもいいですか?

   ぜひお願いします。

レバネ 食事をご一緒した時のロシアは戦争が始まる前の安全な状態だったんですが、ディナー中にセルゲイが素敵なウェイターを見つけて、チラチラと彼に目くばせをするんです。その姿がもう、本当にチャーミングで(笑)。

   (笑)本作のプレス・ブックにセルゲイ、監督、トムの3ショット写真が掲載されていましたが、笑顔がとてもキュートで素敵な方なのだろうなと感じました。

レバネ お会いした誰もが好きになるような方で、亡くなったことが本当に悔やまれます。トムとの撮影の話に戻ると  元々トムを推薦して紹介してくれたのは、ハリウッドのプロデューサーでトムと私の共通の知人でもあった方でした。本作のために資金集めをしなければならなかったので、いわゆる“プルーフ・オブ・コンセプト”として、トムと共同作業をして数シーンを撮りためていったんですが、「脚本をこうするといいんじゃないか」など、トムからも色々なアイデアの提案があって。というのも、彼は俳優としての経験を持ち、一方の私は初めての脚本執筆だったのでとても参考になったんですよね。トムの助言のおかげで、より強固な脚本が完成しました。私はどちらかというと物語全体のストラクチャーに意識がいきがちなんですが、トムはそのシーンごとに、「この瞬間はどうだろう?」とキャラクターの意識なども含めて考えながら助言してくれていて。背景に関して色々と調べながら書いていくので、実は脚本のほとんどが実際の映像には乗っからないんですけどね。執筆活動とはそういうものなのだと私も実感したんですけれども。いよいよ撮影に入った時も必要に応じて脚本も練り直しましたし、そういった時は「ちょっとごめん、ここから脚本ミーティングをするので少し待っていてね」という風に撮影をストップさせて、トムと話し合う局面もたくさんありました。ただ、トムが共同脚本家だからといって特別扱いをすることはなく、キャストのオレグ(・ザゴロドニー)やダイアナと同じように接していました。

それから、私がいつも心掛けていることで今回も変わらなかったのは、俳優たちが自由にあれこれと実験できるような安全な空間を作ることでした。自分自身のビジョンとして確固たるものはあるにせよ、一旦撮影に入ったらオープン・マインドでいることを常に意識しています。というのも、撮影現場で演技をしていると思わぬことが起きますからね。なので、俳優同士で色々と試行錯誤して自由に実験して失敗できるような余白を残しつつ、撮影するようにしているんです。本作の台詞の90%は脚本に書いた通りですが、10%は俳優による、その瞬間に湧いた何かであったりエッセンスが活かされています。

   気になったシーンがいくつかありまして、例えば、セルゲイが撮影したフィルム写真をロマン(オレグ)の部屋で現像するシーン。そこでセルゲイが言う「人を深く知りたいけど掴めない。写真には永遠に消えてしまう一瞬が残る」という言葉からは、人の深淵を捉えようとするセルゲイの慎重さや繊細なパーソナリティを感じました。その一方で、ロマンに抱いた恋心は突発的な感覚だったように思います。セルゲイのロマンに対する気持ちはフィルムカメラを構える時と等しく、その人物を深く知りたいという欲求、衝動に近いものだったのでしょうか?

レバネ 本作の中でこのシーンが一番気に入っているので、 そこに言及いただけてすごく嬉しいです。ありがとうございます。実はこのシーンは、トムとの共同執筆の中で編み出したもので原作にはないんですね。ロマンはソ連の軍部に所属していて、写真を現像していた人だったという事実には基付いているんですけれど。 セルゲイのロマンに対する視線は、仰る通りじゃないかと思います。あのシーンの意図としては  今は何でも白黒はっきりさせたがる、そういう時代じゃないですか。白か黒か、右翼か左翼か、ゲイかストレートかみたいな。でもそうじゃなくて、人や世界というのは、“グレー”がいくつにも重なりグラデーションになっているんじゃないかと私は考えます。 だから、人を好きになる、人を愛するということも……現代社会は何かとセックスを前面に押し出すきらいがありますが、そうではない部分に於いては人が人を愛することが大いに含まれていて、純粋に2人の人間が愛し合うようになった過程を描きたかったんです。

   グレーの部分が丁寧に描かれているからこそ、感情移入できるポイントも多かったです。他にも、セルゲイが演劇の仲間たちと『ロミオとジュリエット』について意見を交わす会話の中で、「ロミオが星に願ったのは隠れて会うことじゃない。恋に夢中なのに!」とピュアな心を覗かせたと思えば、『カラマーゾフの兄弟』の一節を読み上げるシーンでは、「自分にうそをつくな。自分にうそをつき、うそに耳を傾けるものは、自分の内にも周囲にも真実を見分けられなくなる」と、まるでセルゲイ自身やロマンに語るような台詞を放ちます。抑圧された環境から解放されてアイデンティティに誇りを持ちたい。けれども自身を偽ることでしか生きられない。そんな2人の葛藤ともリンクするようで。本人たちが直接的に言葉を交わしたり何かアクションを起こすよりも、演劇の一片から内包する想いを表現する方が、受け取り手としてはストレートに伝わりました。

レバネ ありがとうございます。こちらも実はトムの助言で入れた流れでしたが、なんせ彼は王立演劇学校(RADA)でシェイクスピアを勉強してきた方ですからね。そういった部分が今回の脚本にも上手く反映することができました。以前ロンドンで、トムに連れられてチェーホフの舞台を観に行ったんですが、最初は「ロシアの芸術をなぜこんなに英国化したんだろう?」と少し反感を持っていたんです。そこからよくよく調べていくと、舞台の中にシェイクスピアの要素が散りばめられていたんですよね。それからセルゲイ自身も、モスクワの演劇学校に入るためにシェイクスピアのソネットを一生懸命に暗記したり、原作の回顧録では各チャプターの冒頭部分にシェイクスピアの引用句を入れていたりと縁があることが分かって。英語圏文化とロシア文化の間には色々な繋がりがあったんだと気付かされました。

言及していただいたシーンの話に戻ると、2人がお互いに想い合う様というのも、あえて視線だとかシチュエーションなどでしか描かなかった。1970年代のエストニアでは、同性愛は“病気”と言われ禁じられていたので、直接的な表現は当然ながらできないわけです。社会も同性愛について議論することなく、発覚すれば即刻5年間、強制収容所に送り込むような時代ですから。

   現在のエストニアでは、セクシャルマイノリティと呼ばれる人々への理解、差別や偏見のない社会作りみたいなものはどのように進んでいるのでしょうか?

レバネ 幸いなことにエストニアの場合はかなり進化を遂げたと言いますか、2023年の3月に同性婚を法制化する家族法修正案が議会で可決され、2024年の1月1日から施行となりました。これはバルト三国および、旧ソ連圏では初めてのことなんですね。対してロシアは真逆をいっていて、LGBTQなどの権利を訴える市民運動が過激派組織と認定されてしまい抑圧が強まっている。エストニアはスカンジナビア諸国のスウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランドなどを参考にしながら、今の社会を築き上げてきた傾向にあって、振り返るとこの30年間、本当に大きな変革を遂げているんですよね。とはいえ、社会一般の見方が即刻変わったわけではなくて。どうしても歴史に条件付けられている部分もありますから、特に45〜65歳の男性層はちょうどソ連の教育を受けている世代なので非常に保守的で  さらに上の世代になると逆にもっと自由な思考だったりしますが  だからといって、僕は彼らをジャッジするつもりはありません。「同性愛は病気だ」なんてことを徹底的に教え込む教育で育ち、ましてや自分の考えを持たないような人だったら教えられたことを鵜呑みにしてしまうでしょう。そうした考えが今もまだ根強く残っているなと感じる瞬間も当然あります。私もかつて、同性婚を可決させるためにロビー活動をしていたことがあるんですけれども、近年の変わりつつある状況を考えると、我々は様々なハードルを乗り越えながら歴史を踏んできているのだなと実感します。それこそ1月に施行する同性婚の法制化は、市民がロビー活動をすることなく議会が動いてくれていたので、だいぶ意識が変わったことが分かりますよね。

最後にセルゲイの話をもう1つしますと、彼はモスクワ大学を卒業したあと3つの劇団から声が掛かったんですが、母親の介護のためにそれを断って故郷に戻り、郵便配達員としてずっと働いていました。でもある時、街中でたまたま演出家に姿を見かけられたことがきっかけで、舞台復帰するに至ります。そしてソ連崩壊と同時に、旧ソ連に於ける初の民間の劇団を設立した。我々も実際にこの劇団の元を訪れましたが、彼は亡くなるまで劇団で仕事をしていたことを考えると、演劇や芸術に人生を懸けた方だったんだなと非常に感慨深くなりました。

© FIREBIRD PRODUCTION LIMITED MMXXI. ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

 

『Firebird ファイアバード』

監督・脚色/ペーテル・レバネ
共同脚色/トム・プライヤー、セルゲイ・フェティソフ

原作/セルゲイ・フェティソフ
出演/トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤ、ニコラス・ウッドソン、他

 

2月9日より〈新宿ピカデリー〉他にて全国公開

 

【WEB SITE】
www.reallylikefilms.com/firebird

firebirdmovie.com

INFORMATION OF PEETER REBANE

ペット・ショップ・ボーイズ『Together』のMVや、ロビー・ウィリアムズのライヴ・ドキュメンタリー『Robbie Williams:Fans Journey to Tallinn』を手掛ける他、マドンナ、スティング、エルトン・ジョン、レディ・ガガ、メタリカ、クイーンらのショーのプロデュースも務め、クリエイターとして精力的に活動。長編映画は『Firebird ファイアバード』が初となる。冒険家としても知られ、ホーン岬をヨットで回り、大西洋と太平洋を4度横断。チベットの山々の登頂にも成功している。

 

【Instagram】
@Peeter Rebane

 

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