「もし全然違う役でお声がけいただいていたら、お断りしていたと思います。それは、自分としてのけじめ、なのかな」。俳優にとって、身を投じる“役”というのは大切な存在であるが、紅 ゆずるの言葉には自身を愛してくれる人々への感謝と並々ならぬ覚悟も滲んでいた。
光源氏と心を通わせた女性たちの愛や苦悩の姿を詩楽絵巻として立ち上がらせる『詩楽劇「沙羅の光」~源氏物語より~』で、主人公・光源氏を演じる紅。宝塚歌劇団の男役トップスターとして圧倒的な輝きを放っていた当時からその縁は始まり、退団から約4年、本作でようやく役を纏うこととなる。あけすけにキャラクター分析をしながらも深淵を捉えようとする紅のキレのある語りからは、愛欲渦巻く物語が彼女の手によって一層鮮やかに表現されるのではないかという期待を抱いた。
バァフ 昨年上演の詩楽劇『八雲立つ』では、和楽器、バイオリンだけでなくアルゼンチンタンゴもあり、日本と国外文化を融合させた斬新な作品でした。今回は源氏物語の中で詠まれた和歌を舞や歌、語りで聴かせ、和楽器の演奏、日本舞踊、さらには資料に基づき現代に再現した平安装束を着用されるとのことで、より日本の伝統文化を濃密に体現されていくかと思います。(取材時)まだ台本が手元になく、お稽古前の段階ですが、現時点で楽しみにされていることはありますか?
紅 4年程前に宝塚歌劇団を退団して、男役を演じることはもう二度とないだろうなと思っていましたが 光源氏のオファーを受けさせていただいた理由は、男役感が強すぎないところなんですよね。女性を翻弄していく役ではあるものの、中性的なイメージがあって。宝塚で男役を演じ切り、現在は色々な作品で女性の役を演じさせていただく中で、今の自分が考える光源氏とはどんなものになるだろう?ということにも非常に興味がありました。
バァフ 光源氏役は宝塚在団中からの憧れだったそうですが、特にどのようなところに魅力を感じられていたのでしょう?
紅 そもそもが、宝塚の現役時代から「光源氏役がめっちゃ似合いそう」だと言われていたんです(笑)。だけど(男役)トップ中は、コメディ作品を大劇場で演りたかったので、途中に悲劇も挟みましたが、コメディに注力させていただいていて。なので当時は、光源氏を演じる選択肢が自分の中にはなかった。でも、「宝塚の舞台で観てみたかった」という声を退団後もたくさんいただきましたし、自分でも「この先、光源氏を演じる機会はないだろうな」と思っていた矢先のオファーだったので、インスピレーションで決めたと言いますか、即答でした。周りが勧めてくれることって、意外と自分が想像する以上に自分自身に合っているものなのかな?と感じることがあって。宝塚を目指すきっかけとなった時も、自分の中では宝塚を全く知らなかったので、熱が高くなかったけれど、周りの人から「受けたらいいのに!」とすごく言われたんです。そして、入りたくてたまらない世界になった感覚と何となく似ていた気がします。
大体の作品は台本をいただいて、「読んでみて(出演を)考えてください」というパターンの方が多いんですけど、今回に関しては台本もまだ出来上がっていないタイミングでしたが、「光源氏を主役とした物語を作りたいと考えていて、ぜひ光源氏役を演じてほしい」とのオファーだったので、もし全然違う役でお声がけいただいていたら、お断りしていたと思います。それは、自分としてのけじめ、なのかな。光源氏の物語に出演するならば、みんなが見たいと言ってくれた光源氏役を演じさせていただきたかったし、自分としても掘り下げていきたい役所と言いますか。「単純やな、この人」とは絶対にならない不思議な魅力のある役なので、表現する上での考え方もきっとたくさんあるだろうなと。
バァフ 光源氏は母親・桐壺更衣に良く似た紫の上(井上小百合)と運命的に出会い、自分好みに育て上げたにも関わらず、数々の女性とも同時に関係を持ちます。彼は優しく言葉巧みに愛情を与えることで信頼を勝ち得ていきますが、純粋な女性たちの中にはその姿が“誠実な人”だと映ってしまう瞬間もあったのかなと……。
紅 見極めないとだめですよね。私は全く誠実だと思えない!(笑)。彼はお母さんが亡くなった時から母の愛情に飢えていて、心の埋められない穴=愛情を女性に対してすごく求めている。だから、自分が相手に対して愛を与えたいのではなく相手から愛をもらいたい。物語の舞台となる平安時代は男女対等じゃないし、一夫多妻で、自分が充てがった場所に女性を住まわせ、会いたい時に自分が会いに行くことを許されている時代で。何と言っても光源氏は見た目も良いからそうした自分勝手さも通用してしまいますけど、実はめちゃくちゃな行動に見えて、そうしなければ愛情不足な彼は生きていけなかったのだろうなとも思ったりするんですよね。すべては愛を得るため。誠実なように見せるのが上手なだけで、本当の奥底には成熟しきっていない想いがある。要はもう、スーパー・マザコン・ストーリーでしょうね(笑)。だって、一番最初に好きになる紫の上が、お母さんに似ている人なんですから。お母さんにどこか似ている、面影を感じるというのは、やっぱりお母さんありきの自分になってしまっているから。お母さんから離れたことで彼の何かが変わり壊れていってしまうので、その理由を知りたくなるわけです。そう、だから私は、光源氏という男役を演じながら、そこを一番知りたいんです。
バァフ 現時点では何を手掛かりに紐解いていこうとされていますか?
紅 台本がないことには何とも言えないですが、でも、自分なりの源氏物語の解釈と言いますか、いろんな角度から見つめられる物語だなと考えていて。著者である紫式部自身も起承転結で物語を書き進めて1冊の本として出したわけではなく、次から次へと書き加えたり修正していますし。紫式部が描きたかった世界観と、光源氏という、人によって見え方も感じ方も変化する人物像を持つ役だからこそ、自分なりにいろんな種や道具を持っておきたいなと考えています。解釈の仕方は何万通りもあるかもしれないので、今は色々と調べている最中ですね。
バァフ 思い入れのある題材ですし、紅さんのキャリアに於いても特別なチャレンジとなりそうな予感はありますか?
紅 完全なるチャレンジ作ですね。でも今回に限らず、どの演目、どの物語にしても常に挑戦だと感じています。例えばコメディ作品に出る時に、「コメディは何度も経験しているから慣れているでしょう?」とよく言われるのですが、コメディと一口に言ってもその質感は作品ごとに全く違うものになりますし、毎回「すごい挑戦になりそうだな」と心して飛び込んでいくので。今回は何でしょう、未知なる世界だとは思っています。「なるほどこういう感じね」と、すっと理解できるような世界ではないし、「この時代はこういう感じだから」と教えていただいて初めて知ることも多いです。平安は時代的にも神話時代の少し後くらいだから……例えば、占いなどが発達する前の頃なので、物事を決める時には方角をとても気にしたり、月の読み方や星の動き方で運勢が変わってくると考えられていました。現代を生きる私たちからすると何だかおとぎ話のように感じることもありますが、当時の人々が何を感じ、どう生きていたのかを掬い上げながら、少しでも作品や役へと繋げていきたいなと考えています。
ブラウス、スカート(参考商品) / 共に、AKIKO OGAWA
イヤリング(5,250yen)、リング(13,200yen) / 共に、ABISTE ※共に税込
J-CULTURE FEST presents 井筒装束シリーズ『詩楽劇「沙羅の光」〜源氏物語より〜』
演出・振付/尾上菊之丞
出演/紅 ゆずる、井上小百合、日野真一郎/花柳喜衛文華、藤間京之助、羽鳥以知子/尾上菊之丞
24年1月3日〜7日〈東京国際フォーラム ホール D7〉にて上演
【WEB SITE】
www.iz2tokyo-genji.com
INFORMATION OF YUZURU KURENAI
24年2月2日より舞台『朗読劇 Classic Movie Reading Vol.2「風と共に去りぬ」』で主演、その他、4月26日より上演の舞台『新生!熱血ブラバン少女。』に出演。
【WEB SITE】
www.shochiku-enta.co.jp/actress/kurenai
【Instagram】
@kurenaiyuzuru_official