今なお世界中で愛されているベストセラー作品で、黒柳徹子が自身の幼少期を描いた自伝的小説『窓ぎわのトットちゃん』が、アニメーションとして初めて映画化される。幼少期に手にした経験や記憶が何物にも代え難い財産であることを大抵の人は自分の中に折り重なったものを広げた時に初めて気付くのだろうが、圧倒的なエネルギーを持って日常を楽しむトットちゃんの姿を見ていると、忙しなく過ぎる日々にも愛着を感じ、もっと丁寧に目を向けたくなった。
本作で杏が声を吹き込んだのは、トットちゃんのママ。落ち着きがないことを理由に小学校を退学になってしまった娘への心配は尽きないが、愛情深く根気強く彼女と向き合い、成長を優しく見守っていく。黒柳本人の推薦でママ役を演じることになった杏だが、自身も子を育てる親であり、その声から伝わる質感には実感が込められているかのようなリアルさが感じられた。
バァフ トットちゃんの天性の気質もありますが、彼女を知るほどに心根の優しさを感じたり、豊かな視点の持ち主だからこそ生まれる自由な発想にときめいたりと、トットちゃんの魅力が存分に映し出された作品でした。杏さんは原作をお読みになっていて、実際に黒柳さんともご交流があるとのことですが、(取材時)一部完成した映像をご覧になっていかがでしたか?
杏 まず、原作の『窓ぎわのトットちゃん』は私が子供の頃から慣れ親しんできた物語だったのですが、今回声を吹き込むに当たって改めて読み返しました。私が声を吹き込んだのは映像が出来上がるだいぶ前の段階ではありましたが、トットちゃんを見守る周りの環境やトットちゃんの頭の中の想像みたいなものが、色鮮やかに描かれていて。とても素敵な作品になるだろうなと制作時から楽しみでした。
バァフ トットちゃんを通して個性の在り方についても考えさせられました。杏さんは10代から海外でモデル業をスタートされていますが、本作の脚本を読まれた時、トットちゃんの心情や体験と、過去のご自身がシンクロする瞬間はありましたか? 個性を出すほどに不自由になっていくトットちゃんのように、海外から帰国後のギャップ、日本文化特有の閉塞感みたいなものを当時の杏さんも感じられていたのかな?と想像しまして。
杏 モデル業を始めた頃の自分と言うよりも、初めて原作を読んだ子供の頃の方がトットちゃんの気持ちに近かったのかなと思います。むしろ大人になって、さらには親になってからより一層目がいったのは、トットちゃんを取り巻く大人たち。例えば、小学校を退学になったトットちゃんが新たに通うことになるトモエ学園の校長・小林先生や、私が演じさせていただいたトットちゃんのお母さん、お父さんたちで。「自分だったら(彼らのように)ここまでできるだろうか?」という驚きの部分ですよね。しかもみんながみんな一辺倒ではなく、本当に自由に子供のことを考える方がたくさんいたのだなと気付きを与えてくれたような気がします。
私自身の幼少期はとても引っ込み思案で、思っていることを言いたくてもあまり言えないような子供だったと記憶していますが、トットちゃんは思ったことをすぐに口に出せるお子さんで。それが結果的に良かったり、時にトラブルに巻き込まれたりもするけれど、まずは自分の興味や好奇心を一番大事にして、そのすぐ後から身体が付いてくるような行動力の高さがすごいなと。中にはいたずら心もあったかもしれないですが、決して悪意はないから周りのみんなが受け入れてくれるし、戸惑うことがあっても最後は分かり合える。そういったところが「私にはできないな」と子供の頃に感じて。どこまでも真っ直ぐに飛んで跳ねて、駆け回るようなトットちゃんが、すごくカッコ良いなという風に見ていたと思います。
バァフ 基本的にトットちゃんのママは愛情深く娘を見守り応援していますが、母親として時折不安を覗かせるのも良かったなと思って。ボットン便所にお財布を落としたエピソードをトットちゃんから報告された時に、「校長先生に怒られなかった?」とママが聞くじゃないですか。トットちゃんが粗相をしたのではという心配もあったかもしれないけれど、それよりも、第三者にトットちゃんの個性がマイナスな形で捉えられることはないだろうかといった不安の方が強かったのではないかなと。ママの声色にそうした心情が乗っていたし、トットちゃんの素敵な個性を深く理解しているからこそなのだなと感じました。声を当てる上ではどのようなところを意識されていたのでしょうか?
杏 トットちゃんのお母様・朝(ちょう)さんのことは本や伝聞だったりで情報を入れて、徹子さんと同じか、もしくはそれ以上の個性的なキャラクターの方であったと聞いていました。ただ今回の映画に於いては、トットちゃんを見守る“普通のお母さん”的な立ち位置の色を強くしようと、監督と話をしていく上で決めました。母親として子供が社会と接していくことへの心配や不安、それは多分彼らが大人になってもずっと拭えないものだと思うのですが それによって「いつまでも子供扱いをするな」と言われてしまうことは、世界中の親にとってあるあるでしょうけど(笑) 特に小学校時代のトットちゃんは活発で、何をしでかすか親でも分からない危うさがある。だけど「どうか娘のことを理解してほしい」、そんな気持ちがとても強くあったのだろうなと。まずトットちゃんのご両親が誰よりも彼女を信頼しているので、そこがトットちゃんにとっては心の大きな土台になっていたのではないでしょうか。親として、「誰かに迷惑をかけていないか」、「何か人に言われないだろうか」と、自分と子供との間に他人を挟んでしまうことはよくあると思いますし、私も考えてしまうところで。先ほど日本文化のお話が出ましたが、子供を取り巻く今の日本の環境と、作品で描かれる時代では異なるところも多いですよね。昔の大らかさや寛容さ、大人たちの自由さなどは、もしかしたら私たちが失ってしまったものの1つかもしれません。
バァフ ちなみに黒柳さんご本人にも、お母様を演じる上でのヒントをいただいたりは?
杏 事前に連絡を取らせていただきましたが、残念ながらゆっくりお話を伺う機会が設けられなくて。だけどお忙しい合間を縫って、私の収録日に駆けつけてくださいました。実は、お母様の声の配役は徹子さんからのご推薦だったんです。やはり実在の人物ですし、徹子さんはもちろん、朝さんのことをご存知の方々の気持ちを考えたら私でいいのかなという想いはありましたが、「杏さんに演じてほしかった」と仰っていただけて本当に嬉しかったです。
原作がある作品は特にそうですが、原作者の方と作品を元々読まれているファンの方の気持ちも考えますし、実在した方を演じる場合、例え100年以上前の人物だったとしても、この世界にいらっしゃるであろう子孫の方々について考えを巡らせながらお芝居に臨みます。先日、映画『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』で滋賀県にいる架空の役(“滋賀のオスカル”と呼ばれる桔梗 魁役)を演じさせていただきましたが、やはり滋賀の方々の想いみたいなものも考えながら進めました。どんな役でも、今を生きる誰かしらと直接繋がっていると思っています。自分の経験や蓄積としてないものを表現しなければいけない時も当然あるのですが、その役は本当は何を伝えたかったのか、何をしてほしくないのかなど、演じる上で気になる部分はたくさんあります。だからと言って、必ずお芝居でその正解を導き出せるわけではないのですが……。
バァフ 当たり前かもしれませんが、表現に落とし込むまでにはそれだけのプロセスを丁寧に積まれていらっしゃるのですね。
杏 まずは何事もやってみるのが一番大事かなと思います。自分にできることをすべておこなった上でも、工夫を求められたり予想外のことは起きますから。今回の映画も事前に映像をもらって準備してはいたのですが、現場に入ると新たに他の方の声が加わって最初に観た映像とはまた印象が変わったので、当初の自分の表現をいかに変化させるか?を考えてトライする必要がありました。お芝居じゃないにしても、とにかく進める、動いてみることが大事だと思います。やる前から心配したり悩んでしまうこともあるけれど、始めてみたら案外そこは気にするポイントではなかったなと気付くこともたくさんあるので。
バァフ トモエ学園の教育方針の元で共に学んだ友人、先生方、バイオリン奏者の仕事に誇りを持ち信念を貫くトットちゃんのパパ、そして時に手を差し伸べながらも温かく見守ってくれるママ。そういった周囲の方達の存在は、何よりもトットちゃんの財産だっただろうなと感じます。杏さんも過去を振り返った時に、自らの手で築き上げたものでもいいですし、何かご自身の財産になっていることはありますか?
杏 通っていた小学校の校風だったのですが、私は365日、毎日日記を書くことを6年間続けていました。内容はさておきなんですけど、とにかく毎日何かを書いて文を生み出して。それを先生が読み、読んだ証となるスタンプだったりコメントなどでリアクションを返してくれるんです。あの経験は今現在の文章を作る楽しさに繋がっているなと思うと、大切な財産と言えるかもしれません。当時の日記を読み返しても、支離滅裂だったり、結局何が書きたかったのか分からないような変な日記も多いのですが(笑)。毎日、1行でも2行でもいいから何かを記録したりアウトプットする。その経験は、後の人生にもすごく大きな影響を与えてくれたと思います。
バァフ 今もその日記はお持ちですか?
杏 どこかにはあると思います。たしか、70冊近く持っていたような。私の同級生にも未だに日記を書く習慣がついている人がいますし、「やけに文章が上手いな」と思ったら日記の習慣が活かされていた子だった、とか。親が指示して6年間毎日書かせるのって結構大変だから、学校側が生徒全員に日記を書かせる環境を作ってくれたのはよかったなと思いますし、子供の頃は日々の出来事を細かく覚えていられない分、1日1日を記録して後から見返すことができる素敵な経験を与えていただけたことに感謝しています。
バァフ 素晴らしい財産ですね。先ほど「何事もやってみるのが一番大事」だとお話されていましたが、杏さんは多趣味な上に、時にはその趣味の枠すらも超えて物事を極められている印象があります。例えば、先日『YouTube』で動画を公開されていた、ジグソーパズルの世界大会だったり(ジグソーパズル好きが高じて、スペインでおこなわれた大会に出場)。そこにいくのか!っていう驚きで。
杏 観てくださったんですね(笑)、ありがとうございます。
バァフ お忙しい中でも趣味や何かに没頭することは、ある意味本来のご自身に戻る作業と言いますか、コンディションを整えるようなことにも繋がっていたりするのでしょうか。
杏 そうですね。日々受けるものとか、自分が決めたことで生活が変わっていくような気がしていて。良くも悪くも全部自分次第ではあるんですけれども、それこそ最近アップしている『YouTube』も、自分で何かを考えて行動して、形にしているので、逆にやってみたいこととかをためらわないようになってきたんです。せっかく「やってみたいな」と思い浮かんだことがあったなら、しかもそれが成立できそうなら、やってしまおうと。
バァフ 幼少期は引っ込み思案だったとのことですが、探究心も当時から強かったのですか?
杏 いろんなことに「なんでだろう?」と疑問を抱いていました。でも、大人になってからの方がぐっと強くなったと思います。子供の頃は本、特に漫画が大好きで手塚治虫さんの漫画をずっと読んでいまして、そこから想像力を養ったり、さまざまな世界を知ったり、今・昔はいろんなドラマがあるのだなと頭の中に何となく溜めていて。自由に行動ができるようになってくるに連れ、さらに知りたい欲求は増していきました。初めて仕事で海外に出たのは18歳の頃でしたが、ずっと1人で移動を続けるのでその道中に何冊も本を読みましたし、考え事をする時間がたっぷりあったんです。そうしたプロセスを経て今の自分に至っているような気がします。
あと、私は歴史が好きなのですが、先ほどの役のお話ではないけれど、すべてが自分や何かに繋がっていると感じますし、それを知りたい気持ちがあって。しかも、何かの形で残せたらきっと意味のあるものになるだろうなと思うんです。今、自分がしていること、やりたいことを気軽に発信できるSNSを始めたのはそのためでもあります。何年経っても見返すことができるのはSNSの強みですよね。将来自分の子供たちが大きくなった時に、自分たちが2020年代に住んでいた家の様子ですとか、母親の姿ですとか、「お母さんは何に興味を持ってあの頃こういうことをしていたのだろう?」と考えてもらえる。10年後、20年後など彼らが見たいタイミングで見返せる、そうしたツールの中に残せたことは、後々になってまた違う意味も帯びてくるのかなと思うと、これからも積極的に残していきたいです。
バァフ 杏さんと言えば、現在は日本とフランス・パリの二拠点生活を送られています。『YouTube』でも、お料理の様子や庭にウッドチップをひたすら撒くショート動画など日常の一部を公開されていますが、何気ない時間を楽しむ杏さんのナチュラルさがとても素敵で。
杏 ありがとうございます。私自身が割とのんびりとした性格なので、まったりと見やすい動画にしたいなと考えているのと、どの世代の方が観てもフラットに楽しめる、なるべく普遍的なものをという意識で作っています。去年、アンソロジー映画『私たちの声(原題:Tell It Like a Woman)』に出演して、私は育児と仕事で多忙な日々を送る2児の母親役を演じたのですが、日本の、特にお母さん方は忙しすぎる上に家事なども「高いレヴェルのものをしなければ」と棍詰めて考えている方が多い気がして、それがまた負担になっているようにも思います。なので私の『YouTube』チャンネルの中では、それほど頑張らなくても楽に料理ができる方法をご紹介したり、「あまり工程を踏まずどんどん切っていきましょう!」みたいに、手を抜くことを推奨しています。声高に押し付けるようなことはしたくないのですが、少しでも参考になれたらいいなという想いで。
バァフ 簡単にみじん切りができる調理器具を使いこなす杏さんの姿が、またカッコ良いんですよね。
杏 (笑)すごく楽なんです。これまで演じた役柄がハキハキと物申すキャラクターが多かったからか、「杏さんって何でも完璧にやりそうだよね」と実際の自分とは違う印象を言われることが多くて。普段の私は真逆ですし、何ならもっとそういう適当な部分も見てほしいくらい(笑)。「私だってこんな感じだから、みんなも頑張らなくていいんだよ」みたいなことを思ったりしながら、ゆるく更新しています。
© 黒柳徹子/2023 映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会
映画『窓ぎわのトットちゃん』
監督・脚本/八鍬新之介、共同脚本/鈴木洋介
声の出演/大野りりあな、小栗 旬、杏、滝沢カレン / 役所広司、他
12月8日より全国公開
【WEB SITE】
tottochan-movie.jp
INFORMATION OF ANNE
出演する映画『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』が全国公開中。
【WEB SITE】
topcoat.co.jp/anne
【Instagram】
@annewatanabe_official
【YouTube】
@annetokyo