CULTURE

「知ることがどれだけ大事か」井浦 新が、森 達也監督の初長編劇映画『福田村事件』を通して見詰めたもの

AUG. 25 2023, 11:00AM

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撮影 / 河西 遼 
スタイリング / 上野健太郎 
ヘアメイク / NEMOTO(HITOME) 
文 / 岡田麻美

井浦 新が、森 達也監督の初の長編劇映画『福田村事件』に主演する。関東大震災の5日後に千葉の農村で起きた、実話に基づいたフィクションだ。100年の間、大衆から語られることのなかった物語は、不安感が漂う現代にも通じる問題を突きつける。

 

澤田智一(井浦)は、日本統治下の朝鮮で日本軍による虐殺事件を目撃し、妻の静子(田中麗奈)を連れ、故郷の千葉県福田村に帰ってきた。同じ頃、沼部新助(永山瑛太)率いる薬売りの行商団は、四国の讃岐から関東地方へやってくる。

 

そんな最中、1923年9月1日に起きた関東大震災は、家々を倒壊させ大火災が発生し、多くの命を奪った。助かった人々も震災後の混乱で、日々と自分のことに立ち向かうのに精一杯。そして不安と恐れが高まる中、「朝鮮人が放火や暴動を巻き起こした」という噂がまわり始める。数日後には福田村にも避難民から情報がもたらされ、偶然や恐怖、差別心などが重なり、事件が起きる。

 

今作について井浦の話を聞いて感じるのは、物事を知り、人と文化を繋いでいくのがどれだけ重要かということ。作品の内容を伝えるのはもちろん、日本映画の文化を支えてきた先人たちから継いでいるもの、それを鑑賞者や後続に受け渡す役割も、井浦は担っているように感じる。愛が深くなければ、ここまでできないとも思う。心に響くロング・インタヴューをお届けしたい。

俳優というのはものすごく繊細な生き物ですから、役に飲まれて心が疲れてしまう時もある

   本作は、報道とドキュメンタリーを手掛けてきた森監督の初長編劇映画で、スタッフには井浦さんが出演してきた若松孝二組の方々もいらっしゃいますし、どういう経緯で参加されたのかをまずお伺いしたいです。

井浦 最初はまだ台本ができる前、「福田村事件を題材に森監督が映画を撮る」と企画が立ち上がった時に、森監督とプロデューサー兼脚本の井上淳一さんからお話をお聞きしたんです。僕がどういった役を演じるかなんて全然決まっていませんでしたが、そういうことは関係なく、森監督がドキュメンタリー以外の劇映画を初めて撮るということにものすごくワクワクして。どの役に着地しようが森組に参加したいし、森監督が映画を撮る姿を現場で見て一緒に仕事をしたいという想いで参加させていただきました。

   俳優さんへ出演依頼がある場合、大体は台本ができていて「この役でお願いしたい」ということが多いかと思うんです。でも今回は制作陣の皆さんも井浦さんに、ある意味で共犯関係のような仲間になってほしいという気持ちから、早い段階でお声掛けがあったんでしょうか。

井浦 そう思っていただけたのなら、ありがたいことです。本作のプロデューサーや脚本のチームは若松監督と古い付き合いのある方々で、森監督自身も関係性があったし、若松監督が繋いでくださったご縁というのは感じています。でも一番は、森監督が福田村事件をどのように映画化するのか、制作陣みんなが想いを掛けていました。キャストが決まる前、台本ができていく過程を僕も見させてもらって、0から作っているところに参加させていただけたのは、俳優としては本当に貴重な機会だったと思います。

   この作品を観て、色々なことを考えさせられました。不勉強で恥ずかしいですが、関東大震災の時に東京近郊ではなく、郊外でも福田村事件のような出来事が起きていたと初めて知ったんです。本作を経て、関東大震災と関連した出来事への、印象や解釈が井浦さんご自身の中で変化があったらお教えいただきたいです。

井浦 僕は、関東大震災の時に朝鮮人の方々への差別があったという本を読んだことがあったのですが、福田村事件については今回初めて知りました。関東大震災というものはとんでもない混乱を生んで、関東の人たちや当時の世の中を本当に不安にさせたと思うんです。僕らが歴史として学んだことだけでは知り得ない、小さな差別や事件がそこかしこであったのかもしれませんが、親族や近所で起きていた出来事なんかは、きっと記録にも残っていない。でもそれって、今生きている僕自身が現代で耳にするニュースや事件と、変わらないんじゃないかと。この作品は決して昔の日本の時代劇を撮ったわけじゃなくて、100年経っても変わらない状況があるのなら、僕たちはちゃんと当時のことを知って、受け入れて、向き合わなきゃいけないと思うんです。知るっていうことがどれだけ大事なのかと、改めて学びました。

   演じる澤田は、決定稿が上がる前から成り立ちを見てきた役で、ある意味では様々な変遷を見てこられたからこそ難しさはあったのか、どうやって役を作っていかれたのかもお聞きしたいです。

井浦 今回は台本の変化を見せてもらってきて、第6稿とか7稿とか、改稿を重ねるとそれぞれが整理されて役も際立っていきました。当初イメージしていたものから、物語を構築していくうちに引き算足し算されていく。でも脚本家が産み出した第1稿には初期衝動もあると思うから、それも大事にしたい。監督や脚本家、制作チームがどんな想いでこの役を作っているのかを知っているがゆえに、丸ごと栄養にして全部表したいなとは思いました。それはここまで関わっていないとできない表現だったかもしれないです。そしてこの作品を演じる上で一番大事だったのは、ここに登場する人たちは、村人も在郷軍人も行商団も朝鮮人も、登場人物全員が戦争の被害者だっていう意識を、絶対にブレさせちゃいけないと思っていました。自分が演じる澤田は、朝鮮で戦争を体験し人間が壊れてしまって、故郷に戻ってきて、小さなコミュニティの社会とどうやって関わっていくのか。そんな状況の人間が、家族や近所の人々とどう接していたかと考えれば、とてつもなく繊細な心情だったはずです。そこに集中していれば、それぞれの戦争被害者の登場人物たちとのコントラストや違い、悲しみや喜びっていうものが滲み出てくるだろうと思いながら演じていました。

   この作品で描かれている時期の澤田は人として何かが壊れてしまった、まだ立ち直れてない状況ですよね。

井浦 そうですよね、でもこの先も、癒されることはないんでしょうね。それが戦争なんだっていうことを、1人の人間としてどう表すかは、俳優それぞれが持っていた課題だったと思います。

   澤田が朝鮮で残酷な事件を見てから帰国する際に、妻の静子が隣にいたというのは、彼にとって大きいことなんじゃないかと思ったんです。静子から澤田は、人と関わろうとしない傍観者だと指摘されたりもしますが、澤田にとって静子はどういう存在だと思って演じましたか?

井浦 福田村に帰ってきた澤田にとって、静子が唯一の社会との繋がりなのかなと思ったんです。夫婦生活は完全に破綻しているんですが、静子がいることで呼吸ができているのは間違いなくて。静子が村人たちとどんなふうに過ごそうが、どんな行動を起こそうが、そこに妬みや恨みや嫉妬みたいなものを感じるかというと……感情が壊れてしまっているので、もはや恋愛感情が湧く相手じゃないと思うんです。それは静子からすると悲しい現実だろうけど、百姓として2人で、それこそ社会とは関わらずに生きていくっていうだけで、きっと澤田にとっては精一杯の生活だったんじゃないのかな。自分の生まれ育った村に戻ってきて、同級生や古い仲間たちはいるんですけど、彼らと共存していこうとは思っていないですし、澤田の世界にいるのは静子だけだったんじゃないかなと思っていました。でもそれが、愛とか、そういうことではないっていうのも、また残酷ですよね。戦争っていうものは、本当にすべてを奪う。郷土愛とか恋慕、愛情さえも、心から無くして壊してしまうんですから。

   そうお聞きすると、澤田という人物の捉え方も少し変わってきます。

井浦 でも、澤田だって元々は傍観者だったわけじゃないと思うんです。最初から、何事にも深く関わらずにいつも見ているだけ、第三者として距離を置いている人物じゃなくて、戦争によってそうなってしまったということを、説明的にせずどう演じていくかは大きなポイントでした。あと、距離を置いている澤田に対して、一番傷付いているのは近くにいる静子で。それを分かっているから、静子が澤田を裏切るような行為をしても傍観者になってしまう。ただそれって果たして澤田のせいなのか?ということも、観る人に投げかけられるようにできたらいいなと思っていたんです。戦争に行く前の澤田ってどんな人物だったんだろう、こんな人間じゃなかったんだろうなと考えていたので。きっともっと情熱を持って、自分の研究や学校の先生として子供達に教鞭を執っていた男性だったんじゃないかな、と。この映画としては壊れてしまった夫婦の状態から始まるので、戦前はこう、戦後はこうとか説明的にせず、ある意味では壊れている様を、ギアを全開に振り切って演じられた部分はありました。

   今回は俳優だけでなくアーティストや芸人、いろんなフィールドで活躍する方がご出演されています。先ほどお聞きした、登場人物全員が戦争で傷付いた犠牲者だという意識のことなど、井浦さんが現場で皆さんにお話しされたりしたのでしょうか。

井浦 いえ、この作品に集まってきた俳優さんはみんなそこを超えてきている人たちだと思います。だから、今更関東大震災について語り合おうかとかは一切していないです。コムアイさんもそうでしたが、森監督が劇映画を撮るっていうことにすごく興味を持って集まってきた俳優が多かったし、森監督が福田村事件を撮るとはどういうことなのかみんな分かっていて、自分の意思で森組に参加したいっていう想いが強かったんです。シネコンで上映されて、子供から大人までみんなが腹を抱えて笑って楽しめるとか、そういう映画だと思って参加している人は1人もいないですから。少なからず森監督の撮られてきたドキュメンタリーを観ているし、森監督が何を描きたいのかはキャッチできている。だからすり合わせっていうのは、俳優部は必要なかったです。それより、心と体が間違いなく疲弊していく作品なので、毎日ちゃんと健康で1日1日みんなが怪我なく過ごすことが大事でした。俳優というのはものすごく繊細な生き物ですから、役に飲まれて心が疲れてしまう時もあるんですが、一緒の組の仲間にはそういう人が出て欲しくないですから。ちゃんと声を掛け合ってみんなでケアできているのかな?と気になっていましたので、例えば行商団の座長の瑛太くんとコミュニケーションを取って確認したりはしていました。ちゃんとご飯を食べて寝て、しっかり仕事ができる心と体で毎日現場に入れることって、とても重要なんです。

   お話を聞いていると、本当に井浦さんは現場への愛が深くてみんなをまとめていて、ドラマや大衆向けの作品にも出つつ、時代を作ってきた監督たちの意思を継いで今現場に伝えているように思います。近年は昭和や平成に活躍した監督などが亡くなることも多いので、培われてきたものを伝えていくのがより大事だとも感じていまして。

井浦 本当に、僕が若い頃に憧れて観ていた作品の監督が亡くなることも増えました。だからこそ今のうちに色々なことを学んでおきたいとは思うけど、僕自身は自由にやっていますから、意思を継いで仕事をしているとは考えていなくて……そうプレッシャーをかけないでください(笑)。俳優にもいろんなスタンスの人がいますが、僕は関わってきた方々から大事なものを受け取ってきたとは思うので、自分にできることはやりたいし、伝えられることは伝えていきたいと思っています。

ジャケット(52,800yen)、シャツ(37,400yen)、パンツ(35,200yen) / 以上、Graphpaper(alpha.co.ltd tel.03-5413-3546) ※すべて税込

©「福田村事件」プロジェクト2023

 

『福田村事件』
監督/森 達也
脚本/佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦
出演/井浦 新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本 明、他
9月1日より〈テアトル新宿〉〈ユーロスペース〉他、全国公開

 

【WEB SITE】
www.fukudamura1923.jp

 

【X】
@fukudamura1923

INFORMATION OF ARATA IURA

10月6日公開の映画『アンダーカレント』、11月3日公開の映画『人生に詰んだ元アイドルは、 赤の他人のおっさんと住む選択をした』に出演。ドラマ『unknown』のDVD&Blu-rayが10月11日に発売。2024年1月スタートの大河ドラマ『光る君へ』に出演予定。

 

【WEB SITE】
tencarat.co.jp/iuraarata

 

【Instagram】
@el_arata_nest

 

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