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「物語の力を信じている」池松壮亮と、宮藤官九郎が新たに息を吹き込んだ人間ドラマ『季節のない街』の巡り合い

AUG. 2 2023, 11:00AM

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撮影 / 宇佐美直人 
ヘア&メイクアップ / FUJIU JIMI 
文 / 堂前 茜

長年に渡り宮藤官九郎が温めてきた企画は、山本周五郎の小説『季節のない街』の映像化だ。黒澤 明監督が映画化した『どですかでん』で広く知られるこの物語について宮藤はこうコメントしている。「安易で独りよがりなオマージュになってはいけない。そこで舞台を仮設住宅に置き換え、黒澤版では割愛されていた2つのエピソード『半助と猫』『親おもい』を復活させ、それぞれの主人公である半助とタツヤ、さらに『がんもどき』に登場する酒屋の青年オカベを加え、3人の若者の視点で『街』を描くことで、この難関をクリアしようと考えました」。そして主人公については、「半助には池松壮亮くん。一方的にファンなので、逆に声をかけづらい存在でしたが、一緒にやるならこれだ!という強い思いが届いたのでしょうか。絶望と悲しみを内に秘めつつ、決して重くなりすぎず、時に観客の目となり、街の変人達を絶妙な距離感で見守る半助。彼のバランス感覚こそ、このドラマの要だったと思います」と。

 

宮藤が絶賛するのも頷ける池松の半助は、「こんな青年が近所にいたらいいな」と思うような、気さくで親しみやすい青年だ。池松本人から滲み出ていると勝手ながら思う優しさと温かさを土台に、若者ならではの弱さや甘えがあり、蓋をしてきた過去と向き合う姿では迷いを見せていた。物語の舞台は、仮設住宅(“ナニ”で被災した人々が、「助け、助けられ、持ちつ、持たれつ」の精神でおおらかに暮らしている)が集まる小さな街。そこには、見えない電車を運転する六ちゃん(濱田 岳)、兄と比較されてばかりで母親になかなか認めてもらえない半助の友人・タツヤ(仲野太賀)、「いつか住む家」を夢想するホームレスの親子(又吉直樹、大沢一菜)など個性豊かな人々が逞しく生きており、彼らとの触れ合いを通じ、半助は明日の自分を見つけていく。現実の厳しさを笑い飛ばす街の人々のユーモラスで可笑しなやりとりは宮藤の真骨頂で、悲しいのに何だか笑えてしまう、けれど笑い終わった後には何かが残る。残ったものは観た人できっと違うだろうし、「見方は人それぞれでいいよ」と言ってくれる懐の深さがこの作品にはある。

結局、山本周五郎が言ってくれたことって、どんなに貧しくても善良であれば必ず生きていけるということだと思います。それは例えば、人に優しくしようとかっていう、子供の方が知っているようなことだと思うんです

バァフ このオファーが来た時の感想を教えてください。

池松 即答でした。やっぱり『どですかでん』は自分にとっても特別な作品でしたし、大好きですし、宮藤さんが『どですかでん』を現代に置き換えてやることにすごく興味が沸きました。そして、宮藤さんの脚本が面白かった。山本周五郎と宮藤官九郎という異種が見事にマッチングしていて、「宮藤さんはこんなことをやりたいんだな」と深く同意できた。こういう題材を今、扱えるのは宮藤さんしかいないんじゃないかとすら思えました。それを〈ディズニープラス〉で配信するということにも面白みを感じました。

バァフ 最初に画面に池松さんが田中新助(通称・半助)として現れた時、半ズボンにシャツという姿でしたが、最近のイメージとして、癖のある役をやられていたのがあったからか、とても新鮮な気持ちになりました。半助も過去に色々あった人ではありますが、とは言え今回のキャラクターの中では癖も少ない普通の人だったと思います。久々にそういう役をやるにあたってどんなことを大事にされましたか?

池松 「普通の人を演じよう」ということは特別考えていなかったんですけど、あそこにいることで半助が呼吸をしやすくなっていく過程をちゃんと見せられればなと思っていました。痛みを覚えている人たち、痛みを知っている人たちの中に、痛みを忘れていた人が入っていく。僕の役はこのドラマにおいてホストというか、観客の前に立ってこの人たちを見つめる役割があるので、いわば宮藤さんが物語に入り込んだような感覚でやっていました。癖というよりもどれくらいフラットにいられるか? 入り込み過ぎずに、引き寄せ過ぎずに街の人たちを見守れるか、あるいは溶け込めるか、その過程を見せていけたらなと思っていました。

バァフ 「異種」というキーワードがありましたが、本当に異種の集まり過ぎで(笑)。キャスティング的なところで言うと、藤井 隆さんが入ってきた辺りから、吉本新喜劇と大人計画、それと池松さんや太賀さんたちが掛け合ってとんでもないグルーヴが生まれていて。その中で自分の役割を全うし続けるって、自分もはみ出したくなったりと、ブレる誘惑に駆られそうな気もします。

池松 ブレたらブレたで、多少引っ張られても、振り回されても、その方が面白いかなという感覚もありました。各話本当に面白い人たちが出てきてくれていたので、自分は背負い込み過ぎずにやりたいなと思いました。各話好きですが『どですかでん』に関して言うと、黒澤の『どですかでん』とは何なんだ?と考えると、ホームレス親子と六ちゃんのエピソードがやっぱり一番かなと……。見えないことが見えるのがテーマというか、底辺からのイマジンで生きている人たちのエピソードなので、作品の核としても好きですね。今回のドラマで言うと、藤井 隆さんの回とかも、すこぶる面白いですよね。いい話だなとも思うし。太賀の親思いのエピソードも好きですし、全部好きです(笑)。

バァフ 宮藤さんとはいかがでしたか?

池松 宮藤さんは脚本力も抜群ですが、現場力が素晴らしかったです。舞台をやられているからなのか、登場人物が多い、群像劇の中でも、例えばあるシーンを段取りしてみると、一発ですべての修正を言い当てるんです。どんな目をしているのだろうと、ほれぼれして見ていました。宮藤さんは脚本家としても監督としても素晴らしい方ですが、実際今回体験してみて、突発的な演出力、判断力にも感動しました。やりたいこと、目指すところが明確にあったということと、本当にこの物語が好きなんだということと。こんな作品で出会えて幸運だなと、心から思えました。

バァフ ちなみにこのドラマはいつくらいに撮影されていたのですか?

池松 去年の12月から2月くらいまでですね。お話自体楽しいですし、コンプライアンスがどうという時代の中で非常に際どい事に触れながらも、この街では許されること、この街とは反対にある世間をしっかり描いていて。半助の受け止め方によって、観ている側からの受け取られ方が変わってくるはずだったので、そういうことは気にしながらも、それでも自由に、やらせていただきました。半助がこの街を好きになっていくこと、そのことが何より重要だと思っていたので、それを大事に。やっぱり時代の変わり目には、様々な古きものが失われていきます。戦争とか災害とか疫病とかを経験しながらも、人は忘れないと生きていけないものですが、忘れられていくことに対しての、本当にささやかながらの抵抗を。みんなでこの街がなくなるまで営み続けることがそのまま物語になればなと思っていました。

バァフ 映画『宮本から君へ』のタイミングで取材させていただいた時、池松さんがおっしゃっていたことで印象に残っていたのが、「時代時代に見合ったヒューマニズムを探していかないといけない。じゃなきゃ今、映画を作る意味はないですよね」ということで。

池松 いいこと言ってますね(笑)。

バァフ (笑)そうなんです、ものすごくいいことを言われていて。それが池松さんの20代最後だったと思います。宮本の、人間を信じ切っちゃうところが危険でもあるんだけど、彼のそういった人間らしさにもっと映画は目を向けていかないといけないんじゃないかって。で、このドラマですよ。ヒューマニズムをそのまま形にしたような作品ですよね。あの時池松さんがおっしゃっていたこととすごく結びついたので、池松さんがやる必然みたいなものを感じました。今と昔とで、ヒューマニズムの追求について、考え方の変化などはありますか?

池松 変わっていないと思います。その時代時代に見合ったやり方を見つけるということ。バランスを持ちながら。結局やることはヒューマニズムだと思っています。山本周五郎って言ったら日本のヒューマニズムの代名詞のような方で、もうああいう感覚はなくなってしまったのかもしれないけれど、でもやっぱり確実に日本人に眠っている、また誇りとすべき態度だと思います。黒澤も例えば『赤ひげ』とか、本当に素晴らしい作品がたくさんありますよね。山本周五郎は本当に好きです。

バァフ このドラマは〈ディズニープラス〉からの配信ですが、やっぱりヒューマニズムの追求=どんなテーマを扱うか?と考えた時、企画を成立させることの難しさも、今の時代はあるんじゃないかと思うのですが。

池松 大変だと思います。時代の感覚を追っていても時代の回転が速すぎて間に合わない、というのもありますよね。これだけ回転が速くなると、これだけ情報が溢れていると、目を向けるべき先があったとしても、すぐに次の問題が出てきて、到底追いきれないとも思います。今回においては、宮藤さんが本当に好きだったもの、どうしてもやりたかったものに混ぜてもらえたということが大きくて。今何ができるかとずっと考えている中で、お話がきた時に、「これだ」と思えました。

バァフ 「もっとこうなればいいんじゃないか」とか、「こういうことが問題になるのではないか」といったような話を現場でされることなどありますか?

池松 ありますよ。対俳優よりも、スタッフと話すことが多いですが、常にそういう話をしています。

バァフ 例えば最近のトピックで言うと?

池松 まだ日本では話題にあがりませんが、最近個人的に気になって追っているトピックは、もっぱらChatGPTやAIについてです。先日仕事で1週間くらいロスに行ってきたんですけど、脚本家のストライキで完全に制作がストップしていて。これから俳優協会も参戦するという情報が出ていますし、本当に時代の転換期を迎えているなと感じています。アメリカのスタジオの前を通ると、プラカードを持って30人くらいがずっとグルグルしているんですね。アメリカで動いている現場にはデモ隊が行って、それで、現場が止まるみたいです。AIっていうものに自分たちの仕事がどの程度乗っ取られるのか、新しい映像作品を待っている人たちがそういった環境に耐えられるのかなど考え始めたら止まりません。『宮本〜』の時は行き着いた資本主義からくる人間の不当な扱いに対する抵抗があって。人の思いや信念やこだわりといったものがどんどん蔑ろにされ、時間とお金の邪魔になるものがどんどん排除されていくことに対して、宮本のような、面倒くさいをいききった人なら対抗できるんじゃないか?という感覚がありましたが、今はもう宮本どころの騒ぎではない。人間が紡ぎ出す物語がまだどれくらい有効なのか?という瀬戸際でもありますから、そういったことはよく考えます。

バァフ 人間臭い話であればいいというわけでもないと思いますが、それにしても、配信サーヴィスで目にする視聴ランキングを見ると、「日本のTOP10はこれか」といった気持ちになることがあります。海外との違い……そもそもみんなが求めているのか?っていう。

池松 ランキング、全然違いますよね。

バァフ 本作の中で、ベンガルさんが演じた丹羽さんと半助が将棋を指している場面で、半助が感情的になる時がありました。「大変だったね、も薄まってますよ」、「だってみんな大変なんだもん!」と。半助って全編を通して結構それを言うんです。「大変なのはみんな一緒だもん」、「みんな自分のことで精一杯だから仕方ないよ」って、自分を納得させるように。彼はそうやって現実と折り合ってきたのかな?と思ったりして。

池松 そう言って諦めてきたところもあったでしょうね。外の世界の人たちも半助も。みんな大変なので、自分ばかりが大変だなんて言っていられないから。年々災害が増えて、もう日本の風景の一部みたいになってきていますよね。どこもかしこも復興復興で、復興が終わらないままに何か進んでいってしまうような時代なんじゃないかなと思います。

バァフ 宮藤さんは繰り返し半助に言わせているんだけど、問題を投げかけてみんなにどうこうしろと言っているわけではきっとなくて、現実やそれぞれの人の気持ちに寄り添った上で、それでも何かを訴えている気がしました。たぶん大事なのは、「だってみんな自分のことで精一杯」じゃなくて、その後に続く、「精一杯。でも」なのかな?と。池松さんならその後に何を言いますか?

池松 僕にはその答えはあまりに重荷ですが、結局、山本周五郎が言ってくれたことって、どんなに貧しくても善良であれば必ず生きていけるということだと思います。それは例えば、人に優しくしようとかっていう、子供の方が知っているようなことだと思うんです。案外目に見えていないこと、今さら言葉にあまりできないようなこと、誰かに寄り添うとか、手を差し伸べるとかそういうレヴェルじゃないところで、みんなが当たり前のようにみんなを気にかけているような、横並びに生きている感じ。そういうことが誰かの明日を作っているように思いますし、それがあの街には確かにあったと思います。

バァフ 本当そうなんですよね。みんな貧しいんだけど、心は貧しくないというか。

池松 失われた街、確かにあった、そこにあった街を見ているようです。でも、この災害大国において、いつでもここに戻される可能性がある。忘れちゃいけないことがたくさんあるなとも思いました。

バァフ 時代時代に見合ったヒューマニズムを考えた上で、いろんなことが急速に下降しているこの日本において、いまどんなエンタメを届けていきたいですか?

池松 漠然とした答えは持っているんですけど。常にそういうものを探し続けている感覚もあります。ただ1つ言えることは、物語は有効なんだということをもっと信じるべき、信じ続けるべきだと思います。人が生きること、社会、経済、どれにおいても。コロナもあって、物語の有効性について色々と議論されていましたよね。その時点でこの国はやっぱり物語を失っていたし、手放していたし、エンタメっていう軽くなり続ける言葉で片付けていたし。そうじゃなくて、自分たちが何を物語っていくか? それがその1本で何も変わらなかったとしても——変わりっこないとも思いますよ、たかだか映画ですし。でも、されど映画だと思っているんです。何を語っていくかはとても重要なことだと思います。未来の子供たちがどんな価値観や物語を浴びて育つのか?という点においても大事だと思います。

バァフ そんな池松さんが最近面白かった映画はありますか?

池松 『TAR/ター』は、面白かったです。というか見事でしたね。現代の物語なんだけど神話的でした。キャンセル・カルチャーについても扱っていて。どこも罰していないようで全部裁いていて、すごいなと思いながら観ていました。正直、世界的にも、いま何を語るか、非常に難しい時だと感じています。トピックがあまりにもコロコロ変わり過ぎていて。だけどアフター・コロナというかこの1、2年は、バック・トゥ・ベーシック、作り手が原点に戻ることも多かったと思います。ホラー・ブームとかミステリー・ブームとか、奇妙なものに目が向いていて、なかなか次に何を語るかっていうことに世界全体として迷っているなという印象もありました。(スティーヴン・)スピルバーグの『フェイブルマンズ』や、庵野(秀明)さんの『シン・仮面ライダー』とか、近しい感覚だと思います。今回の『季節のない街』も、宮藤さんが原点に戻って、本当に好きなところに1度立ち返って、本当に好きだった理由を探されていたようにも思います。ものすごく優しい人だなって感じました。宮藤さんが作るものってこの国ではジャンル化していて、作り手としても俳優としてもファンでしたけど、その宮藤さんがここに一旦戻ってみるっていうのはとても面白い試みでしたし、そんな作品に携われてとても光栄でした。

『季節のない街』

原作/『季節のない街』山本周五郎

企画・監督・脚本/宮藤官九郎

監督/横浜聡子、渡辺直樹

出演/池松壮亮、仲野太賀、渡辺大知、三浦透子、濱田 岳、増⼦直純、荒川良々、MEGUMI、高橋メアリージュン、⼜吉直樹、前田敦子、塚地武雅、YOUNG DAIS、⼤沢⼀菜、奥野瑛太、佐津川愛美、坂井真紀、片桐はいり、広岡由⾥⼦、LiLiCo、藤井 隆、鶴⾒⾠吾、ベンガル、岩松 了、他

〈ディズニープラス〉「スター」にて、8月9日より全10話一挙独占配信

 

【WEB SITE】

disneyplus.disney.co.jp/news/2023/0511_kudokan

INFORMATION OF SOSUKE IKEMATSU

主演映画『白鍵と黒鍵の間に』(富永昌敬監督)が10月6日に、映画『愛にイナズマ』(石井裕也監督)が10月27日に公開。

 

【WEB SITE】

www.horipro.co.jp/ikematsusousuke

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