APR. 14 2023, 9:45PM
公開中の映画『ザ・ホエール』の主演俳優、ブレンダン・フレイザーが15年ぶりに来日を果たした。何と『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』でのプロモーションぶりである。『第95回アカデミー賞』では、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が最多の7冠を制した中で主演男優賞を獲得。「いまだに自分が受賞したことに驚いているんだ」と素直に口にするブレンダンの記者会見の模様をレポートする。
—— ダーレン・アロノフスキー監督との仕事はいかがでしたか? また、チャーリーをどう理解して演じられたのでしょうか?
フレイザー まず、ダーレン・アロノフスキー監督と仕事ができたことをすごく光栄に思っています。彼は現場でもまったく動じることがなく、スクリーンに映し出されるものから絶対に目を背けないことをこちらに要求してくる、そんな監督でした。どんな役者でも彼と仕事をしたいと思うほど才能がある人で、怖いものがない印象があります。僕は最初、クリエイティヴの面で脅威を感じたのですが、それは彼がアーティストで、役者に非常に高いレヴェルのものを求める人だと分かったからです。だからこそ僕は、自分が持つすべてをチャーリーというキャラクターに注ぎ込みました。ただ、リスクもあった。なぜなら自分の中にある「脆さ」を表現したから。ここまで自分の「脆さ」を表現してくれと言われたことは、役者をやってきた中でなかったことでした。それと今回はリサーチもきちんとしました。チャーリーは父であり教育者でもありました。そして、良くないタイミングで深い愛を見つけてしまい、家族を失うという犠牲を払った人物です。家族から再びリスペクトを得るのは難しいと思ってはいるのだけど、この映画の中で彼は、自分の娘と再び関係性を構築することが贖罪だと考えました。ちなみに、娘役のセイディー・シンクは、本当に素晴らしい役者でした——リサーチをするにあたっては、「OAC」(=The Obesity Action Coalition)という、肥満症と戦う人々を支援するグループとも仕事をしました。こういう作品を作ること自体リスクがあるのは私たちも重々承知していましたが、それが今回の映画の使命でもありました。僕は実際の人生ではリスキーなことはしないのですが(笑)、アートや映画を作る時、クリエイティヴなことをする時にはリスクを取るべき時もある、そんなふうに考えています。そのために少し不安を感じたり居心地が悪くなることもあったけれど、そういった時こそ人間的な成長ができますよね。今回もそうでした。
——本作と対峙したことで見えたものはありますか?
フレイザー 父の愛はやはり勝つんだな、と思いました。僕も3人の息子の父親でもあるので。ただ、役を演じる上では、サミュエル・D・ハンター(原案・脚本)が書いたこと以上のことはしませんでした。ご存知と思いますが、本作は彼の経験を元に描かれていますので、すでにそこに彼の真実があるんです。サミュエルは自分の戯曲を自身で脚色してくれたのですが、撮影でも親密な関係でいてくれました。コロナが酷い時期での撮影だったので、実存主義的な脅威に晒されながら制作をしたのですけど……。ところで、こういう形でみなさんにこうしてお会いできることを本当に嬉しく思います。世界が以前に戻ってきて嬉しい。『ザ・ホエール』は小さな作品ですが、きちんと安全対策を撮った上で撮影をしました。で、環境がそうだったからか、感情においてもキャストの中で少し距離感があったような気はします。そういう中で撮影されたことを思うと、2019年からのコロナ禍で作られた映画は全て特別なんじゃないかなと思います。そんな中、みんなの薬になるような、何か良いものを作ろう、そういった想いがこの映画にも出ているのではと思います。『ザ・ホエール』も、みなさんを癒すことができる可能性を持った、とても良質な作品です。この映画に関われたことを本当に特別に思っています。
—— 体重が272キロもある男性を演じるにあたって、毎日メーキャップに4時間も費やされ、45キロのファット・スーツを着用して撮影に臨んだと聞きました。表情も作りにくかったはずですが、繊細な心の動きが見事に表現されていました。何か意識されたことはあるのでしょうか?
フレイザー 自分のできることをするという感じで、特に何を意識した、というのはないのですが、やはり物理的に、動きはかなり制限されてしまっていました。ソファの上だけで生活していて、寝室に行くのも一苦労。だけど最初に脚本を読んだ時、「あ、この人、知っている」と思ったし、「この人のことをもっと知りたい」とも思いました。最終的に僕が今回大事にしたのは、役者の演技の選択肢として、その人自身が持つ強い癖の様なものを使うのではなく、チャーリーの人生のリアリティや真実を、なるべく忠実に誠実に表現する、ということでした。彼自身は、人に背を向かれた状態で生きるのも仕方ないと思っていたのだけれど、最後に気付くんですね。娘との関係性を修復することができれば贖罪となる、と。彼は教師で、言葉が大好きな人です。彼の背景にある書棚を見てもらうと、いかに彼が貪欲な読み手であるかが分かると思いますが、そんな彼も、オンラインで授業をする時には生徒に顔を出さない。講義をする時は常にカメラをオフにしている。それは、他者が自分を見た時に感じるかもしれない気持ちを鑑みてのことですが、その行為自体は悲しいことだなと僕は思っていました。だけど最後は、カメラをオンにする。その時に彼は自分自身を、再び自分のものとする。過去の自分を置いて前へ進むことができた。今までの人生で失ってしまったものを再び手にした人間に戻れた瞬間でした。
—— 失ったものを取り戻す、とおっしゃいましたが、コロナ禍で多くの人が多くのものを失いました。日本の人々も例外ではありません。あなた自身も、ここに至るまで困難なこともあったと思いますが、本作で復活を果たしました。それでも復活したい、失ったものを取り戻したいと思う人に、今どんな言葉をかけられますか?
フレイザー 僕からは、勇気を持ってほしい、とお伝えしたいです。勇気を持つということは、壁がそびえ立っていることを認識することでもあると思うんですね。ヒーローは必ずしも剣や盾やヘルメットをかぶっているわけはなく——もちろんそういうヒーローもいますが——私たちの日常にいるヒーローは、自分の前に乗り越えるべき壁があることを認識しています。そこからしか始まらない。そして自分自身、「これは自分の道のりなのだ」としっかり意識することが大切だと思います。勇気を持って、必要なことをする。そうすると少しずつ自分の目指すところへ近付いていける気がします。日本のみなさんには『ザ・ホエール』を観た時に、チャーリーは非常に勇気のある人だと感じていただきたいですね。想像しにくいかもしれませんが、彼はヒーローなんです。「まさかこんなところからヒーローが出てくるなんて」というところからヒーローって出てきたりするものなんです。
——ところで、『アカデミー賞』では、『ハムナプトラ3〜』で共演したミシェル・ヨーもいらっしゃいました。お2人で何か話されたのですか?
フレイザー ミシェルとは本当に仲の良い友達でもあるんだけど、実は『ハムナプトラ3〜』ぶりに会ったんです。ずっと会っていなかった。だから久々に会うことができたのは本当に嬉しかったですね。彼女は才能に溢れるし、とても素敵だし、ものすごい勇気の持ち主でもある。みなさんご存知のように、女性というカテゴリーで役を決めがちな業界に対して立ち上がる人。立ち向かい、「女性は甘んじるべきではないのだ」と宣言できる人。ミシェルの道を切り開いていく生き方には大いに敬意を抱いています。ちなみに僕も『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は大好きです。発想力とクリエイティヴがすごかった。授賞式では30年ぶりにキー・ホイ・クァンにも再会できて、思わず、「僕らまだここにいるね」と言ってしまいました(笑)。
『ザ・ホエール』
監督/ダーレン・アロノフスキー
出演/ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン、他
〈TOHOシネマズ シャンテ〉他にて、全国公開中
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