CULTURE

尾崎裕哉が、父・尾崎 豊だけの楽曲を演奏したライヴの映像作品をリリース

MAY. 17 2025, 11:00AM

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対話 / 山崎二郎

2016年、〈幸せの形は変わっていくもの 愛の軌跡は消えることない 誇り高く生きて どんな願いでも叶えて欲しいのさ〉という印象的なフレーズの『始まりの街』でデビューした、シンガー・ソングライター尾崎裕哉。フル・オーケストラとの『Billboard Classics』から、弾き語りワンマン・ツアー『ONE MAN STAND』、バンドとのツアー『INTO THE NIGHT』と、3つのスタイルでライヴ・パフォーマンスをおこなってきたが、昨年6月、父である尾崎 豊だけの楽曲で構成するライヴ『OZAKI PLAYS OZAKI1.』をおこなった。2023年にはカヴァー・シングル『I LOVE YOU』をリリースしたが  アンコールを含め全14曲、アコースティック・ギター弾き語りから、西本 明(Key)、吉浦芳一(D)、田口正人(B)、長田 進(G)と、尾崎 豊と共演してきたミュージシャンで構成されたバンド演奏、親友・石崎ひゅーいとの共演と、120分フルに尾崎 豊と向き合った初めてのトライアル。

 

その貴重なライヴ映像作品『OZAKI PLAYS OZAKI1.』が4月23日にリリースされた。初回生産限定盤にはライヴ・メイキング映像等を収録。尾崎 豊の全作品のアート・ディレクションをおこなった田島照久がデザイン。『15years』と題された、10年以上、田島が撮り下ろしてきた写真で構成されたフォト・ブックも付けられている。ちょうど、東京、名古屋、大阪で開催された、キーボードとパーカッションという編成のライヴ『HIROYA OZAKI SOUNDS OF SPRING TOUR 2025』を終えたばかりの尾崎裕哉に訊いた。

 

自分ごとで恐縮だが、1983年、突然登場した同じ年のとんでもない才能にノックアウトされ、そのデビュー・ライヴに赴き、「オマエら、ホントに自由か? 自由でなけりゃ意味がないんだよ。オレたちがなんとかしなければ、どうにもなんねぇんだよ」とのMCで人生が変わった。その後、自分で雑誌を立ち上げ、34年間作り続けているという経緯がある。だからこそ、『OZAKI PLAYS OZAKI1.』の冒頭、その1984年3月におこなわれた尾崎 豊のデビュー・ライヴのMC音声が流れ、驚くと共に、尾崎裕哉の「歌い継ぐ」という決意の意味を余計に強く感じてならなかった。新しい世代に尾崎 豊の楽曲が届いたら、なんと素敵なことだろう。

少なくとも、ちょっとでも、生で尾崎 豊の楽曲を聴ける場があるんだったら、やった方がいいんじゃないっていう

   尾崎 豊さんの楽曲だけで構成するライヴをおこなうっていう発想はいつからあったのですか?

尾崎 意外かもしれないですけど、高校生の時に思い付いたんですよ。タイトルもその時から決まっていたので、ずーっと温めてきたんです。本当はもっと早くやりたかったのですが、自分が〈日本武道館〉クラスでできるようになったタイミングが理想的だなと思っていて。でも一向にその予定もないので(笑)、このままだったら、やる機会を失ってしまうだろうと思い、とりあえず1から育てていこうと。

   どのような感じの視点で選曲されたのですか?

尾崎 最初の3枚の中から選ぼうとしました。1回目だし、初期の作品の方がいいんじゃないかな?と。みなさんの馴染みがある曲がほとんどですね。

   バンド・メンバーは、どうやって選ばれたのですか?

尾崎 最初に声を掛けたのが西本 明さんで、「西本さんに繋がりがあるメンバーでバンドを編成できないですか?」というのを相談したんですよね。ツアーで絡んだ人と、スタジオでやった人両方に声を掛けてもらい、スケジュールが合う人が選ばれました。

   演奏して難しかった曲はありましたか?

尾崎 難しかったと言えば……ちょっと文句を言いたいのですけど(笑)、「オべーション」はステージでアコースティック・ギターを弾くのが難し過ぎて。後ろが樹脂なので、滑るんですよ。だから、全然安定しなくて。これをステージで弾きこなした尾崎 豊はすごいなと思いました(笑)。

   尾崎 豊さんのように、ちゃんとTシャツもジーンズにインしていましたしね。

尾崎 (笑)そうそうそう! 白Tに、やっぱりジーンズ・インだろうと。

   「Scrambling Rock’n’Roll」の際、オーディエンスとコール&レスポンスをしたりと、煽ったりされていて。それがいつもの裕哉さんのスタイルと違って、とても新鮮に映りました。

尾崎 そもそも目立ちたくないので、煽っている自分に違和感はあって(笑)。たぶん、見て取れると思いますけど、ちょっと無理している部分があったと思います。ただ、そこはパフォーマーを演じないといけない、という自分の課題が常につきまといますね。

   でも、そのぎこちなさがむしろいいなぁと感じました。『OZAKI PLAYS OZAKI』って、尾崎 豊さんになることじゃないわけですから。裕哉さんのフィルターを通して、裕哉さんのパーソナリティが出ることに意味があるわけで。

尾崎 そこをどこまで見せられたか分からないんですけど、まったくそうだと思います。Tシャツをインしたというのは、僕なりのリスペクトで。尾崎 豊を演じたり、尾崎 豊を見せることじゃなく、尾崎 豊の楽曲を今の時代に改めて聴かせるということがコンセプトですから。そこを徐々に浸透させていければなと思っています。「Scrambling Rock’n’Roll」は、当時のライヴ映像を観て練習してみたんです。やっぱりオマージュ、リスペクトって大事じゃないですか? ラッツ&スターの「め組のひと」で、「めぇ!」って必ずやるみたいな。「Scrambling Rock’n’Roll」をやるんだったら煽るでしょう、と思っていたんです。

   サビのコール&レスポンス込みの楽曲でありますから。バンドの演奏はどのように感じましたか?

尾崎 長田 進さんのギターの音がめちゃめちゃでかいんですよ。当時のミュージシャンって、みんな音がでかいんです。そういうのも含めて体験なんですよね。今って、めちゃめちゃ中音で。綺麗なんですけれど、それだとあの時代のロックの音じゃないんですよね。80年代の方法論の良さがあるなと。

   昔、全然、PAの音が決まらなかったって言いますもんね。

尾崎 セッティングもやりながら調整してるようなので変わるし、PAも大変だと思いますよ(笑)。でも、デカい音じゃないとちゃんとアンプを響かすことができないから「良い音してんな」と思うし。ステージ上で「こういう気分だったんだなぁ」と感じられて。ギターの音がデカくないと高揚しないんですよね。

   ギターの音の大きさに煽られて。自分のパフォーマンスも上がっていく感じになりますね。

尾崎 心と心を音が繋いでいるので、そういうところはあると思いますね。「Driving All Night」の間奏も長めに弾いたりしてくるから、バンド・メンバーがちょっと困るみたいな感じのもいいですよね(笑)。

   アンコールでアコースティック・ギターの弾き語りで「シェリー」、「僕が僕であるために」が披露されます。この2曲のリリック、今、裕哉さんにとってはどのように響きますでしょうか?

尾崎 今にして、より分かるようになった気がします。大人になっていろんなことを経験するわけじゃないですか? それこそ、出会いと別れを繰り返して、もしかしたら、仕事も転々としているかもしれないし、同世代に比べて出世が遅れているなんてこともあるかもしれない。そういう人生の営みを歌うことで深く感じられて、今、歌うのが好きな曲なんです。デビューしたばかりの時は、みんなから求められている感じがして、「『シェリー』は絶対に歌わない」と決めていたんですよ。けれど、今となっては歌いたいし、すごく今の自分に沁みます。

   「シェリー」の最後のライン〈俺は歌う 愛すべきものすべてに〉。裕哉さんがこのラインを歌うと、自分だけではなくて、尾崎 豊さんに対するみんなの想いも受け止めて歌っていくよ、という風に聴こえてきました。

尾崎 それはとても素敵な言葉です。ありがとうございます。

   オーディエンスからの「熱量」もすごかったんじゃないですか?

尾崎 そうですね。特にライヴの序盤とか、どんなものがくるんだろう?という期待をひしひしと感じました。

   このライヴを続けていた先、中島みゆきさんにとっての『夜会』のような、尾崎裕哉さんのアウトプットの1つという定着具合になったらいいなと。

尾崎 おっしゃる通りだと思います。自分の曲をもっと歌ってほしいという声もありますけど、僕にとっては常に両輪だから、何も変わっていなくて。

   それをやれる人は裕哉さんしかいないわけで。

尾崎 2つやれる立場にいますし、やらないといけないとも思っているから。

   使命感ってありますか?

尾崎 ありますね。歌い継ぐという。

   パフォーマーとして、愉しいという感覚もあるわけですよね?

尾崎 はい。自分が歌いたい曲を歌いたいと思っているだけで。僕は伝統芸能だと思ってやっている部分もある。二代目のような。尾崎 豊の流れが、もしかしたら僕で途絶えるかもしれないし、続くか分からないですけど。でも、少なくとも、ちょっとでも、生で尾崎 豊の楽曲を聴ける場があるんだったら、やった方がいいんじゃないという。

   今や楽曲がスタンダードになって、良い意味で、尾崎 豊という存在より、楽曲の方がみなさんに馴染んでいる状況になってきているじゃないですか?

尾崎 確かに、そういった意味では、フラットにやれる時期になったんじゃないかなというのはありますね。

   松任谷由実さんが「自分が死んだ後も、自分の存在を知らなくても、読み人知らずのように楽曲だけが残っていくのが理想」的なことをおっしゃっています。

尾崎 確かにそういう風になってきたんじゃないかと思います。

   カラオケで普通に歌ったり、かつては教科書にも載っていたわけで。

尾崎 そういった意味でフラットに、しかもサブスクでみんな普通に聴けているので。楽曲がいい意味で先行している分、全然やりやすい時代にはなったと思います。

   「僕が僕であるために」、若者で刺さっている人が多いですよね。

尾崎 やっぱり色褪せないんでしょうね、あと、若干80’sブームもあると思います。

   MCで「尾崎 豊が生前予定していた〈武道館〉ライヴのセット・リストを歌うライヴをおこないたい」とおっしゃっていましたが、すごく聴きたいです。

尾崎 いつできるか分からないですけど、絶対にやりたいですね。

   以前「アルバム『誕生』がすごく好きだ」とおっしゃっていましたし。後期の曲、裕哉さんがプレイすることの意味があると思っています。

尾崎 確かに尾崎 豊が、大人になってからの視点で書かれた曲の方が、今の自分に近いものがありますよね。この試みを、自分の活動と同時に、これからずっと、続けていけたらいいなと思っています。

『OZAKI PLAYS OZAKI1.』

発売中
〈ソニー・ミュージックレーベルズ〉

INFORMATION OF HIROYA OZAKI

7月5日、〈メガネのイタガキ文化ホール伊勢崎(伊勢崎市文化会館)小ホール〉にて、ピアニストの宮本貴奈とのDUO公演を開催。9月23日、新潟を皮切りに、札幌、福岡、名古屋、広島、大阪、東京、全国7会場で開催される弾き語りワンマン・ツアー『ONE MAN STAND 2025 AUTUMN』が決定。

 

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