
BARFOUT! 2023 APRIL

FILM 『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』
「“誇り”を胸に行動すれば、世界は変えられる」、「成功することが一番の仕返し」。独自のスタイルを確立し、パワフルに生きたアンドレ・レオン・タリーの言葉には説得力がある。人種差別が色濃く残る時代のアメリカ南部で幼少期を過ごし、差別や偏見を乗り越え、アフリカ系アメリカ人初の『VOGUE』クリエイティヴ・ディレクターに就任。本作で描くのは、ファッション業界でレジェンドと呼ばれるまで上り詰めた彼の生涯。地道さが一流を作る。生き方からその意味がよく分かる。(松坂)
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』
監督/ケイト・ノヴァック
出演/アンドレ・レオン・タリー、アナ・ウィンター、トム・フォード、マーク・ジェイコブス、イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルド、ノーマ・カマリ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、他
3月17日より〈Bunkamura ル・シネマ〉にて公開
(画像下)
©Rossvack Productions LLC, 2017. All Rights Reserved.

FILM 『The Son/息子』
親子の族柄にあぐらをかき鈍化していく感覚に、フロリアン・ゼレール監督が張り手をくらわせる本作。『ファーザー』に続く家族の物語を描いた第2弾は、心の問題を抱え不登校になった前妻の息子と(製作総指揮を執る)ヒュー・ジャックマン演じる父親の心のやり取りを主軸に、不安定さが終始漂う。互いへの期待、価値観を共有できているという思い込み――自分の都合の良い形へと上書きする行為は、DNAの繋がりを持ってしても肯定する理由にならないことを教えてくれる。(多田)
『The Son/息子』
監督・脚本・原作戯曲・製作/フロリアン・ゼレール
出演/ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、ヴァネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス
3月17日より〈TOHOシネマズ シャンテ〉他、全国公開
©THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

FILM 『消せない記憶』
舞台俳優・西 潤一(兵頭功海)はミュージシャンの神崎優衣(桃果)と出会い惹かれ合うが、西は若年性認知症を患い、苦悩の末に自ら姿を消してしまう。彼の行方を探す優衣の前に、“記憶代理人”を名乗る人物が現れ――。2009年の『函館港イルミナシオン映画祭』シナリオ大賞にて審査員奨励賞を受賞した『記憶代理人』を原作に、企画から15年を経て形となった本作。記憶を失う過程、人々の心理が繊細に描かれ、記憶を構成する何気ない日常が1つひとつ愛おしく思えた。(賀国)
『消せない記憶』
製作・脚本・監督・編集/園田 新
出演/兵頭功海、桃果、山本亜依、八木拓海、他
3月31日より、〈シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』〉ほか全国順次公開
©2023 CiNEAST All Rights Reserved.

FILM 『ザ・ホエール』
映画『レスラー』でミッキー・ロークを復活させたアロノフスキー監督が、今度はブレンダン・フレイザーを完全復活させた。体重272キロの孤独な主人公チャーリーは、「自分を捨てた」と恨みを持つ娘のエリーとの関係を修復しようと試みるが、彼の心と身体は悲鳴を上げ続けていた――物語の唯一の舞台となる自身の部屋で繰り返し彼が訴える主張は、人間の素晴らしさ、娘の完璧さ。その真実性の高さがピークに達した時、物語は幕を閉じる。極めて感情を揺さぶる見事な1本。(堂前)
『ザ・ホエール』
監督/ダーレン・アロノフスキー
出演/ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン
4月7日より〈TOHOシネマズ シャンテ〉他にて、全国公開
©2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

ART 『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』
新しい芸術を20世紀に求め、クリムト等と活動したエゴン・シーレの展覧会が開催中。シーレといえば美青年で、幼児誘拐容疑の誤解で捕まったり、モデル達や女性との交遊など奔放な印象もあるが、作品を見れば線の端々に研鑽と、被写体への愛情を感じる。荒木飛呂彦や松本大洋も影響を受けた、いびつな線。20代前半を支えた恋人・ワーレを描いた作品は特に線が鋭く歪んでおり、不安定で強烈な執着を感じる。それは愛ゆえかと思うと、作家の純粋さに切なくなる。(岡田)
■情報
『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』
4月9日まで、〈東京都美術館〉にて開催中
月曜休室、日時指定予約制
PHOTO:エゴン・シーレ 《ほおずきの実のある自画像》 1912年 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna

BOOK 『ことば 僕自身の訓練のためのノート』山口一郎
サカナクションのメジャーデビューよりも前の2001年から2006年にかけて、山口がまだ20代の頃に綴った、まさに自分のためだけに残してきたような言葉たち。それらは思考のメモ書きにも見えるし、何かの真理を突いているような格言めいたものもある。書かれたのと同じ日に読んでみたり、パッと開いたところから想いを重ねたり。眠れない夜に無性に感じる孤独を肯定してくれるような力も持っていて、何度でも見返したくなる。装丁もこだわり抜かれ、本そのものの手触りも楽しめる一作。(上野)
『ことば 僕自身の訓練のためのノート』山口一郎
3月31日発売
〈青土社〉